モルガンお雪
本文約17,100字 ・ 読了時間 約35分
あらすじ(AIが作成しました)
京都で芸妓として生きたお雪は、アメリカ人ジョージ・ディ・モルガンと結婚し、異国での生活を送る。ニースの美しい風景の中で、かつての神経質さを拭い去り、夫から慈愛を込めてマリア観音のように愛される平穏な日々を過ごす。しかし、夫の急逝により、お雪はパリで孤独な生活を余儀なくされる。本作は、故郷から遠く離れた異郷の地で静かに生きる一人の日本人女性の運命と、時代に翻弄されたその生涯の記録を綴る。
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一
まあ!
この碧い海水の中へ浸ったら体も、碧く解けてしまやあしないだろうか――
お雪は、ぞっとするほど碧く澄んだ天地の中に、呆やりとしてしまった。皮膚にまで碧緑さが滲みこんでくるように、全く、此処の海は、岸に近づいても藍色だ。空は、それにもまして碧藍く、雲の色までが天を透かして碧い。
「まあ、何もかも、光るようね。」
「碧玉のふちべというのだよ。」
と、夫のジョージ・ディ・モルガンは説明した。
お雪は、碧い光りの中に呆やりしてばかりいられなかった。
白堊の家はつらなり、大理石はいみじき光りに、琅のように輝いている。その前通りの岸には、椰子の樹の並木が茂り、山吹のような、金雀児のようなミモザが、黄金色の花を一ぱいにつけている。
岸の、弓形の、その椰子の並木路を、二頭立の馬車や、一頭立の洒な軽い馬車が、しっきりなしに通っている。めずらしい自動車も通る。
「ニースって、竜宮のようなところね。」
お雪は、岸から覗く海の底に、深い深いところでも、藻のゆれているのが、青さを透して碧く見えるのを、ひき入れられるように見ていた。足許の砂にも、小砂利にも、南豆玉の青いのか、色硝子の欠けらの緑色のが零れているように、光っているものが交っている。
「あたしは、一度でも、こんな気持ちのところに、いたことがあっただろうか――」
お雪は思いがけないほど、明澄な天地に包まれて、昨日まで、暗い、小雨がちな巴里にいた自分と、違った自分を見出して、狐につままれたような気がした。
「巴里は、京都を思い出させたようだったからね。」
モルガンは、此処へ着くと急に、お雪が、昔のお雪の面影を見せて、何処か、のんびりとした顔つきをしているのが嬉しかった。もともと淋しい顔立ちだったが、日本を離れてから、目立って神経質になり、尖りが添っていたのが、晴ればれして見えるので、
「以前のお雪さんになった。」
と悦こんだ。
ニコリと笑ったお互の白い歯にさえ、碧さが滲みとおるようだった。
「何見てるです。」
と言われると、お雪は指のさきを、モルガンの眼のさきへもっていって、
「手のね、指の爪の間から、青い光りが発るようで――」