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TORENDIA

幕末維新懐古談

本文約990字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

ドイツ公使館の外国人から注文を受けた彫刻家が、純日本式の童男童女の彫刻を製作する過程を綴る。著者自らが雛形の製作を担当し、着物の質感や模様の精巧な表現に創意工夫を凝らす様子を描く。彩色を施さない木地の状態で素材の質感や色彩を感じさせる彫刻を目指し、依頼者からも高く評価された当時の製作風景や、幕末維新期に増えた外国人からの注文に対応する自身の修業の日々について記す。

高村光雲

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🎧 幕末維新懐古談 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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されば追っかけて、また一つ外国人からの注文がありました。

今度は、ドイツ公使館へ来た或る外国人からの注文で、同じく洋燈台であったが、趣は以前と違っておった。これは前述のアーレンス商会からの注文の製作をその人が見て注文することになったか、そこまではよく分りませんが、アーレンスとは何んの関係はないのであった。

注文の大体は、今度は純日本式の童男童女の並んで立っている処をたのむというのであった。まず一尺位の雛形をこしらえてもらって、それを本国に持ち行き、先方にて話の上にて、さらに大作の方をもたのむ計劃であるが、差し当ってはその雛形を念入りに彫ってもらいたい。これは雛形と思わずに、本物同様充分気を附けてやって欲しいというのであった。

今度もまた私がすべて製作することに師匠からの話がありましたので、私はそれに取り掛かりました。今度は以前のように下絵などの面倒なこともありませんので、師匠の差図と自分の考案で、童女の方は十か十一位、桃割に結って三枚襲ね。帯を立矢に結び、鹿の子の帯上げをしているといういわゆる日本むすめの風俗で、極めて艶麗なもの。童男の方は、頭をチョン髷にした坊ちゃんの顔。五つ紋の羽織の着流しという風俗であった。

これは彩色なしではあるが、木地のままでも、その物質そのままを感じ、また色彩をも感ずるように非常に苦心をして彫ったのであった。たとえば、帯は緞子の帯ならば、その滑らかな地質がその物の如く現われ、また緋鹿の子の帯上げならば、鹿の子に絞り染めた技巧がよく会得されるように精巧に試みました。また、衣物の縮緬、裾模様の模様などにも苦心し、男の子の着流しの衣紋なども随分工夫を凝らしてやったのでありました。私が精巧緻密な製作をまず充分に試みたと思うたのは、その当時ではこの作が初めであったと覚えます。これもなかなか修業となりました。

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