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TORENDIA

幕末維新懐古談

本文約7,600字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

高村光雲は、佐竹の原の寂しさを懸念する友人らと相談し、見物人が胎内を巡り江戸を見渡せる巨大な大仏小屋を建設する計画を立てる。竹と丸太で骨組みを作り、漆喰で青銅風に仕上げた大仏は、その異様な姿で人々の注目を集める。完成した内部には、閻魔のからくり人形や因縁のある古物を展示し、五月六日の初日には多くの観客で賑わう盛況な興行を実現する。これは、作者が手掛けた見世物小屋の製作から興行に至るまでの過程を綴る。

高村光雲

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私の友達に高橋定次郎氏という人がありました。この人は前にも話しました通り高橋鳳雲の息子さんで、その頃は鉄筆で筒を刻って職業としていました。上野広小路の山崎(油屋)の横を湯島の男坂の方へ曲って中ほど(今は黒門町か)に住んでいました。この人が常に私の宅へ遊びに来ている。それから、もう一人田中増次郎という蒔絵師がありました。これは男坂寄りの方に住んでいる。何処となく顔の容子が狐に似ているとかで、こんこんさんと綽名をされた人で、変り者でありましたがこの人も定次郎氏と一緒に朝夕遊びに来ていました。お互いに職業は違いますが、共に仕事には熱心で話もよく合いました。ところで、もう一人、やはり高橋氏の隣りに住んでる人で野見長次という人がありました。これは肥後熊本の人で、店は道具商で、果物の標本を作っていました。枇杷、桃、柿などを張り子で拵え、それに実物そっくりの彩色をしたものでちょっと盛り籠に入れて置き物などにもなる。縁日などに出して相当売れていました。この野見氏の親父さんという人は、元、熊本時代には興業物に手を出して味を知っている人でありましたから、長次氏もそういうことに気もあった。この人も前の両氏と仲善しで一緒に私の宅へ遊びに来て、互いに物を拵える職業でありますから、話も合って研究しあうという風でありました。

或る日、また、四人が集まっていますと、相変らず仕事場の前をぞろぞろ人が通る。私たちの話は彼の佐竹の原の噂に移っていました。

「佐竹の原も評判だけで、行って見ると、からつまらないね。何も見るものがないじゃありませんか」

「そうですよ。あれじゃしようがない。何か少しこれという見世物が一つ位あってもよさそうですね。何か拵えたらどうでしょう。旨くやれば儲かりますぜ」

「儲ける儲からんはとにかく、人を呼ぶのに、あんなことでは余り智慧がない。何か一つアッといわせるようなものを拵えて見たいもんだね」

「高村さん、何か面白い思い附きはありませんか」

というような話になりました。

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