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TORENDIA

雪代山女魚

本文約9,200字 ・ 読了時間 約19分

あらすじ(AIが作成しました)

早春の渓流に生息する山女魚の麗しい姿容や生態、そしてその釣り方について綴る。雪代山女魚や木の葉山女魚といった呼び名が生まれる季節の移ろいや、関西系・関東系と分かれる興味深い分布の特徴を解説する。また、冷たい水を好む岩魚や鱒との比較を通じてその特性を掘り下げ、清流で竿を振る独特の興趣を語る。あわせて、繊細な食味の判別に対する板前の教養への苦言を含め、渓流魚と食文化への深い愛着を記した随筆である。

佐藤垢石

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一

奥山の仙水に、山女魚を釣るほんとうの季節がきた。

早春、崖の南側の陽だまりに、蕗の薹が立つ頃になると、渓間の佳饌山女魚は、俄に食趣をそそるのである。その濃淡な味感を想うとき、嗜欲の情そぞろに起こって、我が肉虜おのずから肥ゆるを覚えるのである。けれど、この清冷肌に徹する流水に泳ぐ山女魚の鮮脂を賞喫する道楽は、深渓を探る釣り人にばかり恵まれた奢りであろう。水際の猫楊の花が鵞毛のように水上を飛ぶ風景と、端麗神姫に似た山女魚の姿を眼に描けば、耽味の奢り舌に蘇りきたるを禁じ得ないのである。

青銀色の、鱗の底から光る薄墨ぼかしの紫は、瓔珞の面に浮く艶やかに受ける印象と同じだ。魚体の両側に正しく並んだ十三個ずつの小判型した濃紺の斑点は、渓流の美姫への贈物として、水の精から頂戴した心尽くしの麗装に違いない。しかも藍色の背肌に、朱玉をちりばめしにも似て点在する小さく丸い紅のまだらは、ひとしお山女魚の姿容を飾っている。黒く大きい、くるくるとした眼、滑らかに丸い頭、あらゆる淡水魚のうち、山女魚ほどの身だしなみは、他に類を求め得られまいと思う。

渓のなぎさに、葦の芽がすくすくと伸びた早春の頃は、数多く山女魚が釣れる。山の釣り人はこれを雪代山女魚といっている。また、肉充ち脂乗って、味覚に溶け込む風趣を持ってくるのは、初夏から、渓水の涼風肌を慰める土用頃である。これを至味の変と言う。

近年、都会人に渓流魚釣りの技が普及して、三月の声を聞くともう、魚籠を腰にして東京に近い渓谷へ我れも我れもと分け入り、重たいほど釣り溜めて帰ってくる。そして、渓流魚釣りは世間で言うほどむずかしいものではない、と語るが渓流魚釣りの真髄を味わい得るのは、山女魚の活動が敏捷になった初夏の候、谷の流れが澄明、底石の姿がはっきりとなる、朝と夕べのまずめであろう。

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