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TORENDIA

増上寺物語

本文約10,500字 ・ 読了時間 約21分

あらすじ(AIが作成しました)

慶応二年師走、芝増上寺の庫裏に土方晋と万理小路某ら武士が押し入り、軍費として五千両を要求する。寺の役者は手許の二千両を差し出すが、不足分は別当瑞蓮寺から即座に調達するよう迫られる。翌年、再び金を求めて訪れた際も、寺側は困窮の中で工面を試みる。本作は、幕末の混乱期における増上寺の窮状と、徳川霊廟に注ぎ込まれた当時の莫大な財力や建築美術の粋について、歴史的背景を交えて綴る。

佐藤垢石

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五千両の[#「五千両の」は底本では「五十両の」]無心

慶応二年師走のある寒い昧暗、芝増上寺の庫裏を二人の若い武士が襲った。二人とも、麻の草鞋に野袴、革の襷を十字にかけた肉瘤盛り上がった前膊が露である。笠もない、覆面もしない。

経机の上へ悠然と腰をおろして、前の畳へ二本の抜き身を突きさした、それに対して、老いた役者が白い綿入れに巻き帯して平伏している。役者というのは、いまでいう寺の執事長である。一人は土方晋、一人は万理小路某と臆するところもなく役者に名を告げた。そして土方が厳かな言葉で、

『増上寺にも、いまの時世が分かっていよう。国のためだ――迷惑であろうが、直ぐこの場で五千両だけ用達て頼む』

と、迫った。役者は、

『はっ』

こう答えたが、しばし畳から面が離れなかった。役者は、ほんとうに当惑したのである。日ごろ増上寺の懐中を預かっているこの役者が、ここでおののく胸に胸算用をしてみると、あちこち掻き集めたところで手許には金二千両しかない。武士の要求に、三千両足りないのだ。五千両位たやすく並べることと見当をつけてきたのであろうから、二千両しか手許にない、と正直に答えれば、この畳にさしてある白刃がどう物をいうか、分かったものではない。けれど、無いものは無いのだ。何と致し方もない。役者は肚をきめた。

『お言葉たしかに承引致しました。しかし、増上寺は永年手許不如意にて、既刻の話にては、ご無心に三千両足りません。とは言いましても、半刻ほどお待ちくだされば心当たりの筋から用達て参り、ご満足をはかりたい』

土方と、万理小路は眼を見合わせた。土方が万理小路の耳に囁くと、万理小路は役者の背中の上から太い声で、

『分かった。うろたえて騒ぎまわれば寺のためにならぬ。半刻の猶予は余儀なく思う。待つ、早く用達て参れ』

と、圧するように言った。

役者が庫裡の大戸を開けて出ようとすると、そこに見張っていた六、七人の武士が忽として取りまいた。役者は取り巻かれたまま、七代将軍の霊廟有章院別当瑞蓮寺へ行って、まだ明け方の夢がさめない庫裡を叩いた。

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