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TORENDIA

安死術

本文約6,800字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

山奥で開業する医師は、不治の患者の苦痛を緩和し安楽に死なせる「安死術」を人道的な医療と信じ、密かに実践して名医と慕われていた。ある日、崖から転落し瀕死の重傷を負った我が子を前に、医師としての主義は揺らぎ、強心剤を用いて息を吹き返させる。しかし、意識を取り戻した子が発した言葉により、医師は家庭内で起きていた恐るべき真実と、自身の信念が根底から覆る残酷な現実に直面することとなる。

小酒井不木

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御話の本筋にはいる前に、安死術とは何を意味するかということを一寸申し上げて置こうと思います。といっても、別にむずかしい意味がある訳ではなく、読んで字の如く「安らかに死なせる法」というに過ぎないのでありまして、英語の Euthanasia の、いわば訳語であります。「安らかに死なせる法」とは、申すまでもなく、とても助からぬ病気ならば、死に際に病人を無暗に苦しませないで、注射なり、服薬なり、或はその他の方法を講じて、出来るだけ苦痛を少なくし、安楽に死なせることをいうのであります。何でもユータネシアはローマ時代には盛んに行われたものだそうで、トーマス・モーアの「ユートピア」の中にも安死術によって人を死なせることが書かれてあるそうであります。日本に於て安死術について考えた人が古来あったかどうかを私は知りませんが、必要に迫られて安死術を行った医師は決して少なくはなかっただろうと思います。

さて、私はT医科大学を卒業して二年間、内科教室でB先生の指導を受け、それから郷里なる美濃の山奥のH村で開業することに致しました。元来、都会の空気をあまり好まない私は、是非東京で開業せよという友人たちの勧告を斥けて、気楽な山村生活を始めたのですが、辺鄙な地方に学士は珍しいというので、かなりに繁昌し、十里も隔った土地から、わざわざ診察を受けに来るものさえあり、私も毎日二里や三里ずつは、馬に乗って往診するのでありました。

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