遺伝
本文約3,300字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
四十を越えたK博士は、吉原の花魁・初花との過去の因縁を語る。両親を殺されたと語る彼女に興味を抱いた博士は、旧刑法を調査してその犯人を突き止める。博士が示した条文を読み、自らの出自と悲劇的な運命を知った初花は、彼に無理心中を仕掛ける。博士の頸に残る傷は、若い頃の好奇心が招いた事件の形見であった。本作は、ある女性の過酷な遺伝的運命と、その真相を追い求めた青年の転機を描く。
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「如何いう動機で私が刑法学者になったかと仰しゃるんですか」と、四十を越したばかりのK博士は言った。「そうですねえ、一口にいうと私のこの傷ですよ」
K博士は、頸部の正面左側にある二寸ばかりの瘢痕を指した。
「瘰癧でも手術なすった痕ですか」と私は何気なくたずねた。
「いいえ、御恥かしい話ですが……手っ取り早くいうならば、無理心中をしかけられた痕なんです」
あまりのことに私は暫らく、物も言わずに博士の顔を見つめた。
「なあに、びっくりなさる程のことではないですよ。若い時には種々のことがあるものです。何しろ、好奇心の盛んな時代ですから、時として、その好奇心が禍を齎らします。私のこの傷も、つまりは私の好奇心の形見なんです。
私が初花という吉原の花魁と近づきになったのも、やはり好奇心のためでした。ところが段々馴染んで行くと、好奇心をとおり越して、一種異状な状態に陥りました。それは、恋という言葉では言い表すことが出来ません。まあ、意地とでも言いますかね。彼女は「妖婦」と名づけても見たいような、一見物凄い感じのする美人でしたから、「こんな女を征服したなら」という、妙な心を起してしまったんです。ちょうどその時、彼女は十九歳、私はT大学の文科を出たばかりの二十五歳で、古風にいえば、二人とも厄年だったんです。
始め彼女は、私なんか鼻の先であしらって居ましたが、運命は不思議なもので、とうとう私に、真剣な恋を感じたらしいです。で、ある晩、彼女は、それまで誰にも打あけなかったという身の上話をしました。それはまことに悲しい物語でしたが、私はそれをきいて、同情の念を起すよりもむしろ好奇心をそそられてしまったんです。それが、二人を危険に導く種となったんですが、あなたのようにお若い方は、やはり私同様の心持になられるだろうと思います。