TRENDIA CLASSIC

犬神

小酒井不木

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私に若しポオの文才があったならば、これから述べる話も、彼の「黒猫」の十分の一ぐらいの興味を読者に与えることが出来るかもしれない。然し、残念ながら、私はこれ迄、会社員をした経験があるだけで、探偵小説を読むことは好きであったが、二十五歳の今日に至るも、一度もこうした物語風のものに筆を染めたことはないのである。けれども私は、いま真剣になって筆を執って居る。薄暗い監房に死刑の日を待ちながら、私が女殺しの大罪を犯すに至った事情を忠実に書き残して置こうと思って、ペンを走らせて居るのである。私はただ事実のありのままを書くだけであって、決して少しの誇張も潤色もしないつもりであるが、読者は、こんな話はあり得べからざることだと思われるかもしれない。又、私を診察した医者に言わせれば私の精神は今なお異常を来して居るのかも知れない。然し兎にも角にも、私は、私の現在の精神状態で、嘘でないと思うことを書こうと欲して、紙面に向って居るのである。

私がこれから読者に伝えようとする話は、実はポオの「黒猫」の内容に頗る似通って居る。私の話では、黒猫の代りに犬が中心となって居て、事件の起り方に甚だ似よった所がある。だから、読者はことによると「黒猫」を模倣した虚偽の物語だと判断されるかも知れない。けれど、私は、そう判断されても少しもかまわない。かまわないどころか、むしろ、「黒猫」の模倣だといわるれば、却って私にとって、それに越した幸福はないのである。何となれば、私の拙い文章は、巨匠のそれに比して、あまりにも見すぼらしいものであるからである。

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