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TORENDIA

幕末維新懐古談

本文約5,200字 ・ 読了時間 約11分

あらすじ(AIが作成しました)

皇居御造営事務局のために檜で製作した四頭の狆の木型は、大島如雲により鋳金され納品される。この製作は彫工会の競技会へ出品され、高村光雲は審査員の一人でありながら、自身の作が金賞に選ばれることに戸惑いを感じつつも、周囲の意見を受け入れる。本作の製作を通じて得た写生への探求と、モデル選びの重要性についての教訓を綴る。

高村光雲

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🎧 幕末維新懐古談 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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いよいよ狆の製作が出来ました。

先のと、それから「種」のモデルの方が三つです。一つは起って前肢を挙げている(これは葉茶屋の方のです)。一つは寝転んでいる。一つは駆けて来て鞠に戯れている。今一つは四肢で起っている所であった。この四つの製作はいずれも鋳物の原型になるのであるから、材料を特に木彫りとして勘考することもいらぬので、私は檜で彫ることにしました。いうまでもなく、檜の材はなかなか鑿や小刀を撰むもので、やわらかなくせに彫りにくいものですが、材としては古来から無上のものとなっている。荒けずりから仕上げに掛かり、悉皆出来上がって、彫工会へ納めました。

木型が出来ましたので、大島如雲氏はそれを原型として鋳金にしましたが、なかなか能く出来て、原型をさらに仕生かすほどの腕で滞りなく皇居御造営事務局の方へ納まりました。私は、すなわち鋳物の原型を作ったというにとどまるわけであった。

そこで、毎度余り物の値を露わにいうようでおかしいが、これも参考となるべきことですから、いって置かねばなりませんが、私の原型を作った手間がどうかといいますと、狆の丸彫り四つで百円であった。一つが二十五円……今日の人が聞くと不思議と思う位でありましょう。その当時、檜の最良の木地が一つで一円五十銭二円もしたか。材料などのことは何とも思わない時分、今日で見れば木の値にも及ばぬ位のものでありましょう。しかし技術家としてはそういう問題は別のことで、製作に掛かってはただ一向専念で、出来るだけ腕一杯、やれるだけ突き詰めて行くことで、随分私もこの時は苦心をしました。彫工会の方でも余り気の毒だというので後で五十円御礼が参りました。

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