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TORENDIA

採峰徘菌愚

本文約6,400字 ・ 読了時間 約13分

あらすじ(AIが作成しました)

篠秋痘鳴と山田論愚の送別会を画策した「私」たちは、伊東斜酣の提案により「採蜂ハイキング」へ出かける。これは蛇の肉を餌にして地蜂を誘い、その行動を追跡して巣を探し出し、蜂の子を食すという遊びである。一行は武蔵野の野山を駆け巡り、斜酣の指導のもとで科学的かつスリリングな蜂の巣探しに挑む。山野を跋渉して蜂の巣を発見し、それを持ち帰って酒の肴にするまでの一日を綴る。

佐藤垢石

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🎧 採峰徘菌愚 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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一

篠秋痘鳴と山田論愚の二人が南支方向へ行くことになった。そこで私は、伊東斜酣と石毛大妖の二人を集めて、何か送別の催しをやろうではないか、という相談をはじめたのである。

なかなか、名案が出てこない。ことあるたびに、酒ばかり飲みたがるのは時節柄大いに慎まなければならないし、釣りにはこの前の日曜日に、上総の国竹岡へ遠征したばかりだ。何かほかに面白い考えはないか、というので銘々想を練った。ところがややあって、斜酣があるあると言って膝を打つのだ。

採蜂ハイキングがよかろう、と言う。採蜂ハイキングというのは一体どんなことをやるのかと問うて斜酣が説明するところを聞くと、一見は百聞に勝るというから、細かなことは現地において実演してみせるが、要するに蜂の子を採って、それを酒の肴にすることだ。

また、酒か?

いや、酒はつけたりであるが、蜂の子のおいしいことは、

本草綱目に、

頭足未成者油炒食之

とある通り、日本人から支那人に至るまで誰も知らぬ者はあるまい。僕の郷里信州諏訪地方では昔から、秋の佳饌としてこれの右に出ずるはないとしている。だから、近年では地蜂の種をほとんど採り尽くしてしまって僕の子供のときのように、たびたびご馳走になれないことになったが、近年蜂の子の佳味が次第に人々の理解をうけて需要が増したから、地蜂の桃源郷といわれた浅間山麓へ、蜂の子の缶詰会社ができた。

だが、缶詰製造がはげしいので、浅間山麓の地蜂も悉く退治されてしまい、さきごろ缶詰会社は野州の那須ヶ原へ引っ越してしまったという話だ。

本草綱目には頭足まだ成らざる者を油で炒って食うとあるが、ほんとうにおいしいのは、既に肢翅成って巣蓋を破り、まさに天宙に向かって飛翔の動作に移らんとするまで育ったのが至味というのである。それを生きているまま食うのが、本筋の蜂の子通だ。肢翅なればお尻の針も、充分に人を刺すだけの力が備わっている。だからそれを、生きているまま口へ放り込んだ瞬間、針で舌縁を刺されるか、その前に逸早く奥歯で噛み殺すか、というスリルも共に味わうので、稚鮎を梅酢に泳がせ、梅酢を含んだところを生きているまま食うなど、この比ではない。

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