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TORENDIA

釣場の研究

本文約2,800字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

三浦半島の漁師・英太郎や奥利根川の釣聖・茂市といった名人の行動を通じ、釣場への深い研究心と釣人の心境について綴る。釣は魚を釣る技術だけでなく、川や海の地形を理論的に解明し、不断の努力を重ねることで成立するものであると説く。また、木の葉ヤマメや大鯛など、川と海の代表的な魚を例に挙げながら、季節ごとの釣りの興趣と、自然の中で心穏やかに過ごす釣という趣味の豊かさや健全な愉しみ方を論じる。

佐藤垢石

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🎧 釣場の研究 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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釣人の気質にはいろいろある。けれど大別すると、大量に魚を釣りたい、その目的のためには他人の迷惑も顧みない、という人と、釣れぬでもよし、若し釣れれば運がいいのだ、一日水に親しんだだけで何の不足も感じない、という気持の人との二種になるようである。いずれもその人の性から来るものであるからどうということはないが、私は後者の気分を尊び度いと思う。とはいうものの、沢山魚が釣れた時は、ほんとうにうれしい。心が賑やかになる。先年の秋に鴨居へ行ったところ、大そう釣れた。大部分船頭が釣ったようなものではあったが、釣れないよりよかったのである。ボーッと頭に何もない心境になれるところに、釣の徳があるのではないかと考える。ここに、釣り趣味が人の心に食い入って行ったゆえんがある。鴨居というのは、三浦半島浦賀から半里ばかりの、東へ向って上総へ対している小さな漁村である。この漁村に英太郎という漁師がいる。年は四十二、三、実直な顔をしている。名人の域に達している男で、この男の知っている根(釣場)は三十カ所近い。その中には、誰も知らない根があって、英太郎はこれを図面に書いて秘蔵している。であるから、他のいずれの漁師も不漁でこぼしている時でも、英太郎には不漁がない。いつも魚槽が一杯になる、これは不断の努力の賜である、常に根の研究をしている。漫然と綸を垂れているのではない。精根をかたむけて釣場の開拓に努めているのである。

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