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TORENDIA

弟子自慢

本文約3,800字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

鮎釣の指導を望む小説家・井伏鱒二からの手紙を受け取った著者は、彼を弟子として迎え入れ、富士川へと向かう。道中で道具を揃えた二人は十島駅で川に入る。初心者の井伏は指導に従い、すぐに大物を釣り上げる。さらに仕掛けが岩に掛かった際には、自ら石を抱いて川底へ潜り解決するという荒業を見せる。指導を通じてその勇気と見込みの良さを確信した著者が、初めての友釣りを経験した新弟子の将来を期待する様子を描く。

佐藤垢石

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🎧 弟子自慢 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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私に、どこかうまい釣場へ連れて行ってくれと申し込んでくる人があると、私はその人を自分の弟子の数のうちへ勘定する。だから私に師匠顔されるのを嫌だと思う人は、私のところへ同行を申し込んでこない方がいい。

しかし、そうであるからと言って、無闇に私は先生顔をする訳ではないのである。君、僕は人に釣方を教えたり、うまい釣場へ案内したりする程釣は上手じゃないのだよ、誤解しちゃ困る。釣は一生の研究だ。これから、一緒に研究しようじゃないかと謙遜するのが常である。だが、うまく教え込んでやろうと思うのだ。そして、また一人弟子が殖えたかと思って、内心ほくほくする。

一昨年九月のはじめに一人弟子がふえた。その新弟子は、小説家の井伏鱒二君である。私が、明日の夜汽車で甲州の富士川へ鮎の友釣に行こうと考えて、竿や背負袋などの整理をしていると久し振りで井伏君から手紙がきた。

文面に、自分はこの夏から鮎釣をはじめたけれど、それは要するに自己流であるから、まだその妙味を会得できない。ところで、これから正式に鮎釣の法を習いたいから、機会があったら、どこかうまい釣場へ連れて行って貰い度いと書いてある。

一体、釣の弟子には人の想像以上に、手がかかるものがある。道綸を、鈎から錘ぐるみ引っ切られたから、仕掛を新らしく拵えて呉れ。鈎が、底石に引っ掛ったから、取ってくれ。餌の蚯蚓を指でさわるのは気持が悪いから、鈎先へつけてくれ、のと随分と煩わしいものだ。だから、自分一人で静かに釣を楽しもうと言う人は、同伴の申し込みがあると、体よくことわるのを常とするものだ。

殊に、鮎の友釣の手ほどきなどは、余程手数がかかる。教える方に根気がないと、折角の新弟子に興を催させるまで導くことができないものであるから、私も友釣入門の申し込みがあると、いつも慎重にしてきた。けれど、井伏君の人柄は釣人風にできている。あの人の小説や随筆を読むと、どことなく超脱的なところがある。あの人ならば、教え甲斐があると思った。

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