淡紫裳
本文約9,100字 ・ 読了時間 約19分
あらすじ(AIが作成しました)
昭和十四年四月、将棋名人の木村義雄と共に朝鮮半島を巡った記録を綴る。著者である佐藤垢石は、京城での歓迎会で、木村と二十年前に奇縁で出会った飯泉幹太との再会に立ち会い、その数奇な経緯に感銘を受ける。その後、平壌の牡丹台で大陸の雄大な景観を眺め、金剛山や温井里の渓流を訪ねる旅程を通じ、各地の風景、風俗、そして歴史的な場所である碧蹄館古戦場の情景を鮮やかに描き出し、異国の地で触れた様々な文化や出来事を紹介する。
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この一文は昭和十四年四月、京城日報社の招きにより、将棋の名人木村義雄氏と共に、半島の各地を歩いた記録である。
一
朝鮮半島の幹線は、いま複線工事をしているので、三十分以上も遅れて京城へ着いた。駅のフォームに婦人団体、女学生団などが、二、三百人も堵列している。これは、支那の前線から帰ってきた看護婦たちを出迎えているのだ。私たちの出迎え人も山のようである。
朝はやく釜山駅をたつと我らは、すぐ窓からそとの景色に顔を向けた。赤土山に、松の木がまばらに生えているという話は聞いていたから、それは別段珍しくはなかったが、川という川に転積している石の、角がとれてないのには驚いた。朝鮮人は理屈っぽいというけれど、石までとは思わなかったのである。歴代の総督もこの角のとれない石には随分悩まされてきたのであろう。などとくだらぬことを話し合いながら飽かず移り行く風景を眺めた。
ところが、京城へ着いて聞いてみると、やはり漢江とか洛東江とかいう大きな川の石は丸いのであるという。汽車の窓から見える川の石は、まだ山から生まれ落ちたばかりの石であるから、角がとれないのだ。と説明されて、なるほどと思ったのだ。
朝鮮の家は小さい。汽車から遠くの山の麓に並んでいる農家を見ると屋根をふいた藁の色が、赤土山の色にとけ込んで、何とも漠々たる感じを与える。そして、屋根の破風というものがないから、掘立小屋みたいだ。王朝時代、多年苛斂誅求に苦しめられた風が残っている[#「残っている」は底本では「残ったいる」]ためかも知れない。
とにかく私らは、初めての土地であるから見るもの悉く珍しいのである。洛東江も、錦江も鉄橋の上を渡った。川を見ると想像していた水の色とは全く違う。支那の川のように茶色ににごっているものと思っていたのに、どの川の水も青く澄んで悠々と流れている。そして、細かい美しい砂利が河原に一杯押しひろがっている。これには、魚がいると思った。
二
朝鮮の水の色はよく澄んで蒼いが、空も蒼く澄んでいるのは甚だ快い。きょうで京城へ着いて四日目になるのだが、この町の空に一片の雲も認めなかったのである。朝鮮には、雲というものがないらしい。