「草紙洗」を描いて
本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
小野小町が歌合せの席で、大伴黒主による盗作の濡れ衣を着せられる場面を描く。黒主はあらかじめ歌集に小町の歌を書き込み、それを証拠として提示するが、小町は歌集を水で洗うことで書き加えられた偽証を消し去り、その奸計を暴く。本書は、能楽「草紙洗」に着想を得つつ、能面を模した表情の人物として小町を表現した自身の絵画作品について、制作の背景や能楽に対する深い思慕、芸術的なこだわりを綴る随筆である。
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わたくしの夢幻の国、思慕の華、それはつねにこの世の芸術の極致の境にひろがっている能楽です。わたくしは能楽をこそ人間界における芸術への一と筋辿るべき微妙な路だと思っています。
わたくしがこんどの文展に出品したのは能楽にある小町の“草紙洗”ですが、しかしこれは能楽そのものをそのままに取ったのではありません。小町の描出を普通の人物に扱ったものですから、画面の小町は壺織の裲襠に緋の大口を穿っているのは、能楽同様な気持ですけれども、その顔には面を着けてはおりません。ですが、面を能楽の面に型どっているところに、十分能楽味を保たしたわたくしの心持が表われているつもりです。この能楽に取材して、それを普通の人物に扱ったという点に、わたくしのある主張やら好みやらが含まれているわけです。
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わたくしはこの前の文展に、やはり能楽に関した“序の舞”というのを出品いたしましたが、あまり能楽がつづきますので、どうかと思う鑑賞家もいられるかと思いますが、そこがわたくしの能楽道楽なところでこういうものなら幾らでも描いてみたい希望をもっています。
一たい能楽というものは、全くの別天地です。殊にごみごみした現代などでは、劃然と飛びはなれた夢幻の境地であり、また現実の境地でもあります。騒音雑然、人事百端とも申すべき俗世界の世の中から、足一たびこの能楽の境域にはいりますと、そこには幽雅な楽器が、わたくしたちの耳塵を払って鳴り響き、典麗高華な色彩や姿態が、鷹揚に微妙に動作いたします。それを見聴きしていますと、現つ世には見も及ばず聴きもなれざる遠い昔の歴史の世界――全く恍惚の境に引きいれられまして、わたくしどもは、それが夢であるのか、現であるのか別ちのつかない場面に魂を彷彿とさせます。
沈麗高古な衣裳のうごき、ゆるやかな線の姿態の動き、こんな世界が、ほんとうに昔のある場面を彩どったであろうように、静寂な感覚の上に顕現してまいります。この微妙な感覚は、口舌で説きえるほど浅いものではありません。
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