TRENDIA CLASSIC
鏡二題
長谷川時雨
1 / 3
暗い鏡
鏡といふものをちやんと見るやうになつたのは、十八――九の年頃だつたと思ひます。その前だとて見ましたが、鏡にうつる自分を――まだそのころだとて顏だけですが――見たといへませう。十七位の時分は寧ろ姿全體にうつるもの――姿見鏡でなくつても、硝子戸なんぞでも氣まりが惡かつたので見ないふりをして、その癖誰も見るものがないとしげしげと見詰めたものです。どうも體のどこもが丸くなるのが――尻などが極立つて格好が惡くなつて厭でした。
鏡といへば、子供のころ家に新舊二樣の鏡があつて、どれを見ても心を暗くしたのを覺えてゐます。八十八の祖母は舊式でしたから箪笥のある部屋へ障子屏風をたてめぐらしてその中に鏡臺が飾つてあつて、鏡は丸い鋼の鏡――夏になるとよく磨師に磨かせてゐましたが、とにかく黒ずんだ、沈んだ顏が鏡の底の底の方に生氣なくうつるのでした。おまけに部屋が藏づくりでしたから、それに窓の青葉などに白い花でもついてゐる時は、妙に氣遠いといふ心持ちがして、美しくいへば、流れに沈んだ晝の月を見るやうだとか、又は深い井戸の底にうつつた顏のやうだとか形容も出來ませうが、その場合は狐つきぢやないかと自分の顏を悲しい凄いやうに眺めて、嫌な氣持ちがしたものでした。どうもあの銅の鏡は髮の色でもなんでも生々としたところがうつらないで陰氣です。そのかはりにまた、そのころの西洋鏡――硝子のときたらば粗製品で、どれにうつして見ても顏が違つてゐるのです。顏が半分歪んでゐたり、しやくれて見えたり、滑稽な泣きつ面をしたり、ほんとに嫌になつてしまふのが多かつたので、そんなものは見たくないやうな氣がして――子供だからそれほど分明不快だとは思はなかつたかもしれないが、まあそんな覺えがあります。
長谷川時雨の他の作品
TRENDIA CLASSIC
糸繰沼
長谷川時雨
糸繰沼
長谷川時雨 ・ 約3分
TRENDIA CLASSIC
人魂火
長谷川時雨
人魂火
長谷川時雨 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
家
長谷川時雨
家
長谷川時雨
TRENDIA CLASSIC
一世お鯉
長谷川時雨
一世お鯉
長谷川時雨
TRENDIA CLASSIC
尼たちへの消息
長谷川時雨
尼たちへの消息
長谷川時雨
TRENDIA CLASSIC
あるとき
長谷川時雨
あるとき
長谷川時雨
TRENDIA CLASSIC
市川九女八
長谷川時雨
市川九女八
長谷川時雨
TRENDIA CLASSIC
うづみ火
長谷川時雨
うづみ火
長谷川時雨
TRENDIA CLASSIC
大川ばた
長谷川時雨
大川ばた
長谷川時雨
TRENDIA CLASSIC
江木欣々女史
長谷川時雨
江木欣々女史
長谷川時雨
TRENDIA CLASSIC
大塚楠緒子
長谷川時雨
大塚楠緒子
長谷川時雨
TRENDIA CLASSIC
遠藤(岩野)清
子
長谷川時雨
遠藤(岩野)清子
長谷川時雨