第一部 お高祖頭巾の月
稽古
一
「今つけてやる」
そう言ったきり、フイと師匠の雷門助六は、立っていってしまった。もうそれから二時間近くが経っていた。キチンと座ったまま両方の足の親指と親指とを重ね合い、その上へ軽く落とした自分のお尻がはじめ小さな風呂敷包みを膝の上へ載せたほどに、だんだんギッチリと詰まった信玄袋の重さに、しまいにはまるで大きな沢庵石でも載せられたかのようになってきていた。
「…………」
いかにも江戸っ子らしい嫌味のない面長の顔全体をしかめて、お弟子の古今亭今松はジッとジーッと耐えていた。
でも最前までは算盤責めの拷問かとなんとも言えない烈しい痛みだった腰から下が、もう今ではなんの感覚もなくなってしまっていた。
押しても、突いても痛くなかった。
恐らく大身の槍をプスリ通されたとて、なんの痛みももうあるまい。
肉全体が痺れてしまって、もう完全なバカみたいになりきっていた。
落語家なればこそ、この長い長い時間を、たとえ痛もうが痺れようが、ジッと耐えて座り通していられるのだ。そこらの牛屋で、東雲のストライキを怒鳴りちらして、女義太夫の尻でも追っ駆け廻している書生さんたちには、頼まれてもこの辛抱はできまい。
自分で自分に感心しながら今松は、この間の晩の大雪がまだ消え残っている、枯れ松葉をいっぱい敷きつめた小意気な庭先の手水鉢へ、ふッと目をやった。ベットリ青苔の生えている手水鉢の水の真ん中へ、一月の午後のおてんとさまが薄白い顔を小さく浮かせ、どこかの猫が背伸びするように後脚だけで立って、音立ててその水を飲んでいる。
…………飴屋の唐人笛が聞こえる。
下谷も入谷田圃に近い、もとなんとかいう吉原の大籬の寮の跡だという、冷たくだだッ広いこの家は、明治三十八年の東京市中とは思われないほど、ものしずかだった。ましてや日露の大戦争が、あの巨大国を向こうに廻して未曾有の大勝利を占めとおし、全日本をあげて万歳また万歳の連呼に夜も日も足らない今日この頃であろうとは。
「叱、叱……畜生」