本文へ移動
TORENDIA

随筆 寄席風俗

本文約22,500字 ・ 読了時間 約45分

あらすじ(AIが作成しました)

正岡容が寄席の伝統芸能について綴る。百面相の変遷や芸人の妙味を紐解き、桝踊りや音曲師の芸に宿る江戸の面影を回想する。さらに、寄席の演者たちと過ごした師走の情景や芸談を交えつつ、伝統芸に対する深い愛着と、失われゆくものへの惜別の情を記す。

正岡容

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 30

わが寄席随筆

大正末年の寄席

百面相

かの寺門静軒が『江戸繁昌記』の「寄席」の章をひもとくと、そこに「百まなこ」という言葉がある。「百まなこ」とは柳丸がよく用った花見の目かづらのようなものだが、これが「百面相」を生んだ母胎だろう。そうして百面相自身も天保の昔には、わずかに瞳と眉と、顔半分の変化をもって、あるいは男、あるいは女、あるいは老える、あるいは稚きと、実にデリケートにさまざまの千姿万態を、ごらんに入れた演技だったにちがいない。だがなるほど、この方がほんとうだ! 魂の問題からいってもずっとほんとうで芸術的だ!

それが春信や栄之の淡い浮世絵は、ついに時代とともに朱の卑しき五渡亭が錦絵となったがごとく、後年眉を彩り、衣装をまとい、惜しみなく顔と五体を粉飾しつくして、やれ由良之助だ! 舌切雀だ! そうしてステッセル将軍だ! と、ずいぶん、お子供衆のおなぐさみにまで、推移していったものらしい。

しかし、考えると、かえって当初のものの方が、よほどほんとうの嘘のない文明精神の発露であったような気もされる。そうして、世の常の文明なるものも、みんな、このたぐいの、実は進歩だか、退歩だか、まったくもってわからない、いや、進歩でもあり、退歩でもあるもののような気もせずにはいられない……。

正岡容の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本