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TORENDIA

初代桂春団治研究

本文約6,800字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

上方落語の畸才・初代桂春団治を考察する本稿は、その奇想天外な芸風と大阪弁の自由な使駆を論じる。寝食を忘れ粉骨砕心して哄笑の爆発点を探求し続けたこの大天才は、嶄新な手法とナンセンスな滑稽味で一時代を築いた。本格的な芸の基礎を持ちつつも、意表を突く服装や荒唐無稽な演出を自身の生活と一体化させることで、観客を魅了し続ける稀有な存在であった様子を描く。

正岡容

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🎧 初代桂春団治研究 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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御一新以後エスペラントと堕した江戸弁は東京の落語の面白さを半減せしめたが、上方には独自の陰影を有つ市井語が現代近くまで遺つてゐたから、此を自由に使駆し得た上方落語は、大へんに幸福であつた。さう云ふ意味のことを私は「上方落語・上方芝居噺」の研究に於て述べたが、その陰影満ち溢るる大阪弁へ、酸を、胡椒を、醤油を、味の素を、砂糖を、蜜を、味醂を、葛粉を、時としてサツカリンを[#「サツカリンを」は底本では「サッカリンを」]、クミチンキを、大胆奔放に投込んで、気随気儘の大阪弁の卓袱料理を創造した畸才縦横の料理人こそ、初代桂春団治であると云へよう。

人間が擽られて笑ふところを、第一に脇の下であるとする、第二に足の裏であるとする、第三におへその周りであるとする。それを春団治こそは寝食を忘れ、粉骨砕心し、粒々辛苦の結果、たとへば額とか、膝ツ小僧とか、肩のどの線とか、親指と人さし指の間とか、全くおもひもおよばざるところに哄笑爆笑の爆発点を発見し、遮二無二、その一点を掘り下げていつた大天才であつたとおもふ。所詮は、あくどい笑ひに対してよく云はれる「くすぐり」と云ふやうな卑小な世界のものではなかつた。ここに笑ひの大木あつて、さん/\とそれへ笑ひの日がふりそゝぎ、枝からも、葉からも、蕾からも、花からも、実からも、幹からも、根元からも、笑ひの交響楽が流れ、迸り、交錯し合つて、さらにドーツと哄笑ひ合ふすさまじさであつたと云へよう。私は、生れてから(恐らく死ぬまで)この人以上に笑はせられた歴史を持つまい。余りに郷土的な、それ故にこそ興味津々たる大阪弁の使駆であつたゝめ、東は名古屋まで、西は岡山まで、それ以上の遠方では、もはや春団治の可笑しさは理解されず、ために東京へも殆んどやつて来なかつたが、もし今少し東京人に分つてもらへる「波」であつたら、恐らく全日本的の素晴らしい「笑ひ」の存在となつてゐたらう。名声を唱はれだして以来廿年、それ晩年の二、三年を除いて、最大最高の人気の王座を守り通したと云ふことも、稀有なことであつたと云ひ得る。

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