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TORENDIA

下町歳事記

本文約9,000字 ・ 読了時間 約18分

あらすじ(AIが作成しました)

正岡容が自身の幼少期から慣れ親しんだ東京の下町における風景や風物、文学作品に描かれた江戸・東京の情景を綴る随筆集。著者は泉鏡花や岡本綺堂らの作品を通じ、雪景色やしぐれの風情の違いを考察するほか、今はなき首尾の松や渡し場の記憶、かつて賑わった街の面影を回顧する。さらに、粉細工や年の市の光景など、失われゆく下町の情緒を慈しむように記し、自身の深い郷愁と歴史的な変遷への感慨を込める。

正岡容

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時雨・雪・三味線堀

亡くなられた泉鏡花先生のお作の中でも、「註文帳」は当然代表作の一つに数へていいものだらう。殊に雪もやひの日の鏡研ぎ五助の家のただずまひ、雪明りの夜の吉原の撥橋、おなじ雪の夜更けの紅梅屋敷――情が、姿が、廓の景色が、マザマザ手に取るやうに浮かんで来てたゞたゞ敬服のほかはない。

が、あの五助の家のくだりであぐねてゐた空から白いものがチラつきだし、軈て「唯一白」の大雪となる。あの大雪の有様を、

「折から颯と渡つた風は、はじめ最も低く地上をすつて、雪の上面を撫でて恰も篩をかけたやう、一様に平にならして、人の歩行いた路ともなく、夜の色さへ埋み消したが、見る/\垣を桓り軒を吹き廂を掠め、梢を鳴らし、一陣忽ち虚蒼に拡がつて、ざつと云ふ音烈しく、丸雪は小雅を誘つて、八方十面降り乱れて、静々と落ちて来た」

とえがいてゐられるが、此は断じて東京の大雪でない。勿論、先生も「紅梅の咲く頃なれば、斯くまでの雪の状」は「都の然も如月の末にあるべき現象とも覚え」ないと特に断つてはゐられるが、

二天門仁王門大雪となりにけり 茶泉 と云つた句に見られるやうな、あくまでサラリとした旧東京の大雪でない。江戸このかたの大雪の景色でない。つまり広重でない。清親でない。これは先生の御郷里たる加賀金沢の古びた城下にしん/\とふる雪である。犀川べりに浅野川の磧の石にふり積む雪の姿である。も一つ云はせて貰ふなら魚眠洞随筆のゴリ料理をたべさせる家の軒端をドサリツと滑つて落ちる夜の深雪の音であらう。

所で、この方は雪ではないが、岡本綺堂先生の『半七捕物帳』の「鷹のゆくへ」の中の雑司ヶ谷の落葉枯葉にふる時雨は、

「村はづれまで来かかると、時雨がたうとうざつと降つて来たので、半七は手拭をかぶりながら早足に急いで来ると……」

とあり、そこで雨宿りに飛込んだ蕎麦屋で半七がいろいろの手がかりを掴んで表へ出ると、

「時雨雲はもう通り過ぎてしまつたらしく、初冬の弱い日のひかりが路傍の藁屋根をうす明るく照して来た」

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