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TORENDIA

寄席風流

本文約13,500字 ・ 読了時間 約28分

あらすじ(AIが作成しました)

寄席風流は、かつて日本各地の寄席で見られた庭や路次、二階席といった独自の風雅な建築様式を記録する随筆である。著者は、失われたこれらの空間が持つ情緒を江戸から明治・大正期の市井文化として捉え、都市化とともに消えゆく寄席の情景を愛惜する。また、落語における高座を利用した特異な演出や、下足番の混雑を考慮した真打の話芸など、かつての演芸場が備えていた多層的な豊かさや、伝統的な生活文化が持つ科学的な高度さを回想し、その滅失を深く憂慮する。

正岡容

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寄席の庭

町中や庭持つ寄席の畳替龍雨  かうしたいまは絶えて見られなくなつてしまつた寄席の庭のおもかげ。いしくもそれをつたへてゐる尊い文献の一つに漱石が「硝子戸の中」の日本橋伊勢本を叙するの章りがある。全体「硝子戸の中」には講釈に関する随筆が少からず、のん/\南龍や琴凌をなのつてゐた時代の先代馬琴の読み口や、作者の生家たる牛込馬場下界隈の、年中廿人位のお客を相手に南麟と云ふ講釈師許りがかゝつてゐたさうな世にも佗びしい釈場の光景や、同じく馬場下のやつちや場の娘が貞水(恐らく先々代早川貞水だらう)と「死ぬの生きるのと」云つたと云ふ話や、随分いろいろと誌されてゐるのではあるが。

さてその伊勢本の庭については、

「高座の後が縁側で、その先がまた庭になつてゐた。庭には梅の古木が斜めに井桁の上に突き出たりして、窮屈な感じのしない程の大空が、縁から仰がれる位に余分の地面を取込んでゐた。其庭を東に受けて離れ座敷のやうな建物も見えた。(中略)長閑な日には、庭の梅の樹に鶯が来て啼くやうな気持もした」

云々。

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