TRENDIA CLASSIC

東京万花鏡

正岡容

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わが川柳素描

省線浅草橋駅歩廊の外側には、このほど穴だらけの焼トタン一めんに貼りめぐらされてゐるが、その南側の方の、なるほどすぐ目の前にはハッキリと両国橋の見られさうな小さな焼穴の上へ、幼稚な白墨の字で、

「ココカラ両国見エル」

と落書してある。微笑ましいおもひで私は、ふつとその少うし隣りの穴の上を見たら、なんとそこにはまた、明らかに別人の手で、

「ココカラハ両国見エナイ」

盲落語家小せんの「五人廻し」中には、妓楼の廻し部屋の壁へ「東京駅カラ下ノ関迄ノ急行列車ノ上リ高ヲミンナ貰ヒ度イ」と云ふ落書のあるすぐそのあとへ「僕も同感」とかいた奴がある云々のギヤグがあつたが、私はその諧謔の単なる一落語家の空想ならず、坊間、稀には実見さるるところの滑稽であることを感じると同時に険しい敗戦後の今日に於ても、未だ未だ東京市井の住民の中には八笑人和合人の精神を身に付けてゐるもののあることを思考して頗るたのもしくおもはないわけには行かなかつた。

嘗て小石川の豊阪とて、早稲田を目白台へ上る急坂の半の石垣には、

「ペンキヤ休ム」

と先づペンキ屋商売物のペンキでかうかきのこしてあるその隣りへ今度はブリキ屋がコールタで、

「ブリキヤ休ム」

とかかれてゐたが、此又、前記の浅草橋駅や小せん落語中の落書詩人たちと殆んどその軌を一にするものと云へよう。

斎藤緑雨が「ひかへ帳」には「唆かされしときけば、罪も浅し謙倉なる桶屋の房といへるが戸口にF・OKE」、また「日用帳」には「ここらの人の万葉仮名を得読まぬにつけ入つて、罪深き悪戯を誰が為せるものか。武州は高尾道なる或神社の奉納額に、抒自等抒自奈良努家宇良太(どぢとどぢならぬけうらだ)」も亦、同系列の微笑ましい実話たること、論を俟たない。

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