TRENDIA CLASSIC
「東京恋慕帖」
自序
正岡容
1 / 1
おもへば大空襲に先立つ年余、日に/\荒蕪し行く東京都ではあつたが、郷土故の愛情はまた格別で、いまのうちに私の全作品の心臓をなしてゐるこの東京のおもひでをかき付けておかうとおもひ立ちどうやら「東京伝統美」と題し「わが日和下駄」と傍書した三百枚ちかい作品ができ上がつた。しかし当時最早私のごとき戦争非共力者の著書は不急不要の悪本として厳禁されてゐたので到底開版す可くもなかつた。さうかうするうち醜く汚れつくした東京も綺麗薩張りと焼けてしまつて、拙文中の一字一句はみな悠久のなつかしい哀しいおもひでとなり果てた。
戦後私は「東京恋慕帖」と改題改作して、その出版をおもひ付いたが、戦中の反動で今度は煽情書氾濫、機を得なかつた。その間、全くに稿を改めること二回。さらに又今回新版に際しては完膚なく加筆訂正、二、三の取捨をもあへてして漸くこゝに少しは此ならばと云へる一本ができ上がつた。戦後少しく私は文学の上に履きちがへをして迷路に入り、殆んど十冊ちかく不満足の新著を世におくつてしまつた。漸くこの「東京恋慕帖」出版前後から立直れさうである。好江書房主長坂一雄氏の芳思を、特に謝し度い。
遮莫、重ねて云ふが私の全作品はことごとく旧東京への愛情と云ふか、挽歌と云ふかその以外にはなく、さうしてその最も露な集成が、此である。明治御一新以来全国各県の県人会あつて、ひとり東京県人会のみがない。宛かも政治家中に 豪のためと[#「 豪のためと」はママ]労働者のためとに呼びかけるものがあつて、市井庶民たる中産階級のためにと叫ぶ存在がないやうなもの恐らくや永遠にできはしまい。即ち自ら郷土の哀歓を諷ひ、たゝへ、惜んで熄まざる所以である。
昭和廿三年 八月 十一年目に復活の川開きを過ぐる四日
葛飾真間夏桜軒にて
著者
正岡容の他の作品
TRENDIA CLASSIC
浅草燈籠
正岡容
浅草燈籠
正岡容
TRENDIA CLASSIC
異版 浅草燈籠
正岡容
異版 浅草燈籠
正岡容
TRENDIA CLASSIC
円朝花火
正岡容
円朝花火
正岡容
TRENDIA CLASSIC
旧東京と蝙蝠
正岡容
旧東京と蝙蝠
正岡容
TRENDIA CLASSIC
艶色落語講談鑑
賞
正岡容
艶色落語講談鑑賞
正岡容
TRENDIA CLASSIC
圓太郎馬車
正岡容
圓太郎馬車
正岡容
TRENDIA CLASSIC
下谷練塀小路
正岡容
下谷練塀小路
正岡容
TRENDIA CLASSIC
下町歳事記
正岡容
下町歳事記
正岡容
TRENDIA CLASSIC
初代桂春団治研
究
正岡容
初代桂春団治研究
正岡容
TRENDIA CLASSIC
巣鴨菊
正岡容
巣鴨菊
正岡容
TRENDIA CLASSIC
随筆 寄席風俗
正岡容
随筆 寄席風俗
正岡容
TRENDIA CLASSIC
滝野川貧寒
正岡容
滝野川貧寒
正岡容