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TORENDIA

顏

本文約11,600字 ・ 読了時間 約24分

あらすじ(AIが作成しました)

頬がすぐに赤くなる体質に悩む青年・路易は、寄宿舎生活や震災といった経験を通じ、他者への愛や衝動に翻弄されながら内面の葛藤を深めていく。成長とともに文学に親しむようになった彼は、詩人に連れられて訪れた湖畔で出会った令嬢への淡い恋心や、かつての記憶の重なりに直面する。本作は、繊細な感性を持つ主人公が自己の感情の正体や愛のあり方を模索し、移ろいゆく季節の中で揺れ動く少年の心を繊細に描く。

堀辰雄

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路易はすぐ顏をぱあつと赤くした。

自分でもいやな癖だと思つてゐたけれど、どうしやうもないのであつた。何でもないのに「そら、また……」といふ氣がひよいとする。が、その時はもう遲い。見る見るうちに彼の頬は薔薇色になつてしまふ。同級生たちには「吸取紙」といふ綽名までつけられる。どうしてこんなんだらう。いやだなあと彼は悲しんでゐる。その癖、路易の毛髮と言つたら! それは硬くて硬くて、ほとんど梳づれないほどであつた。だから彼はいつもそれをもじやもじやにさせて置いた。それは灌木林のやうに茂つてゐた。

理髮店の思ひ出。アイロンの光澤のある、眞つ白な布に彼はすつかり包まれる。するとその中が窮屈で窮屈で、自分の手の置場所がないやうに感ぜられる。そのうち血が顏へさあつと昇つてくる。「そら、また……」さう氣のつくときは、もう彼の顏は一枚の吸取紙のやうになつてゐる。蒸しタオルがやつとそれを隱してくれる。石鹸の泡のひいやりとするのがほんとに氣持いい。顏を剃つたあと、最後の蒸しタオルがのけられる。そそつかしい理髮師はいつの間にか彼に彼のでないやうなよそよそしい顏をくつつけてしまつてゐる。彼はちよつと戸まどひしながら、理髮店を出る。

路易には、その頃の寄宿舍の思ひ出は、寢室のいやなにほひや、結核患者の弱々しい咳や、毛のついた石鹸の氣味惡さで一ぱいだつた。

寄宿舍へはひつたばかりの頃、路易は或る年上の圓盤投げの選手にいぢめられてばかりゐた。もう一人、路易のやうにその選手にいぢめられてゐる少年が彼とおなじ學級に居た。或る晩、路易はその血色のよくない、痩せた少年と一しよに、さびしいグラウンドの方へ逃げて行つた。二人ともすつかりおびえ切つてゐた。その少年はいつか路易の手を握つてゐた。

さうして彼は弱々しい咳ばかりしてゐた。路易はその少年のいつも血の氣のない頬がその時ばかりかすかに赤らんでゐるのを夜目にこつそりと見た。路易はそんな顏がうらやましかつた。

路易は自分がその同級生に愛されてゐることを知つた。しかし路易にはそれよりか、自分がその少年自身になつてしまひたいのだつた。

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