TRENDIA CLASSIC

羽ばたき

堀辰雄

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丘の上のU塔には、千羽の鳩が棲んでゐた。それらの鳩がいちどきに飛翔すると、空は眞暗になつた。そしてしばらくそれらの羽音がU塔を神々しく支配した。それらの羽ばたきは何となく天使の羽ばたきを思はせた。

傳説によると、U塔のある丘は昔の仕置場の跡ださうだ。そしてこの塔の中には囚人が幽閉されてゐたといふことである。だが今では誰も知らないのだ、そのためにこんな淋しい場所になつてゐるのか、それともこんなに淋しいのでそんな傳説が生れたかを。このU塔に近づくものといへば、さういふ鳩と遊びにくる子供たちだけだつた。そのほか、ときどき浮浪者がやつて來て、塔のまはりで眠るやうなことがあつた。すると眞夜なかに、異樣な羽ばたきが彼等の夢を打つた……

U塔のある丘つづきに、フエアリイ・ランドと呼ばれる丘があつた。

その丘は、前者が死を象徴してゐるのに對して、生を象徴してゐるやうに見えた。その丘に近づくと、いつも噴火山のやうな音響が聞えた。それは丘の上にある大きなロオラア・スケエト場のためだつた。そこには、それのほかに、木馬館があり、サアカス小屋があり、活動小屋があり、射的場があり、酒場があつた。だが、この物語の起つたころには、ロオラア・スケエテイングがあらゆる流行の上にあつた。そしてただ、一九一二年に一軒の活動小屋から起つた「ジゴマ」の流行だけが僅かにそれと匹敵できた。

惡漢ジゴマにはことに子供たちが心を奪はれた。何週間となく續映された「ジゴマ」が遂に上映されなくなつてしまつてからは、ジゴマごつこといふ遊戲が子供たちの間に流行しだしたくらゐに。――

ジゴマは子供たちにとつて一種の偶像だつた。だから彼等の餓鬼大將でなければ、ジゴマの役にはなれなかつた。彼の氣に入りの二三のものがその乾分にり、そして他のものはそれぞれが小ニツク・カアタアになつた。

子供たちは一人きりでは決して夢を見ないものだ。彼等はいつも一塊りになつて、共通な一つの夢を見ようとする。ジゴマごつこの遊戲は、最もさういふ夢の組織に適した。

U塔の附近に遊びにくる子供たちの間では、ジジと呼ばれる少年が、いつもジゴマの役になつてゐた。

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