この二三日、咽喉が痛くてしかたがない。どうも煙草の飮み過ぎらしいのだ。
それで、愛用のパイプを口にくはへることも我慢してゐる。
――だからといふのではないがひとつ、僕の古馴染みのパイプの惡口でも書いてやらうかと思ふ。
僕の愛用のパイプといつたつて、普通のブライヤアのやつで、ちつとも自慢するほどのものぢやない。
何しろ、これを買つたのは、まだ僕が一高の學生だつた時分のことだ。その頃、僕のほかにもう一人、僕と同じやうに怠惰な學生が居て、そいつがある日、僕に向つて非衞生的な化學實驗室から逃出して草の上に寢ころびながら、パイプをふかふか吹かすことの樂しさを、教へたものだ。早速、僕はそいつの弟子になつた。そしてそのためには、つまり、パイプを手にいれるためには、讀みもしない原書を四五册賣り飛ばしさへすればよかつたのだ。思へば、僕もあの頃はひどく怠け暮らしてゐたものと見える。あの頃のことを思ひ出さうとすれば、いつもその友人と、草の上でパイプを吹かしてゐる光景しか浮んでこないのだから……
それから、その翌年だつたか(僕はもう大學生だつた)、僕たちの仲間のあひだにパイプが急に流行し出した。
そしてそれは、毎月二三囘、「パイプの會」といふものをやり、大いに酒も飮み、パイプも吹かさうといふ程度にまでなつたのだ。そしてその會場に選ばれたのは、上野のとあるレストランの二階であつた。名前は、故あつて、いはない。……實はそこにひとりの可哀らしいウエイトレスが居て、その人を僕はひそかに好きになつた。好きになつてはならない人だつたのに。なぜかつてまア、それも、故あつていはれぬ。――さうして僕は一人でやきもきしてゐた。あの時の僕の馬鹿げた姿が、濛々たるパイプの煙にさへぎられて、僕自身にさへぼんやりとしか思ひだされぬことは、せめてもの仕合せといふべきか。