TRENDIA CLASSIC

芥川龍之介論

堀辰雄

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芥川龍之介を論ずるのは僕にとつて困難であります。それは彼が僕の中に深く根を下ろしてゐるからであります。彼を冷靜に見るためには僕自身をも冷靜に見なければなりません。自分自身を冷靜に見ること――それは他のいかなるものを冷靜に見ることよりも困難であります。しかし、それと同時に、あらゆる文學上の批評の價値は、いかにその批評家が自分自身を冷靜に見ることが出來たか、と云ふ度合によつて測られるのであります。批評と云ふものが、他人の作品を通しての自分自身の表現であります以上は。

もう一度言ひますと、批評する事は他人の作品を通じて自分自身を表現する事であります。批評家はそのために――彼自身を表現するためには彼の魂に最も近い他の魂の作品を持つて來ずには居られません。しかし、その彼の魂に最も近い他の魂を批評するには、どうしても自分自身を冷靜に見ることが必要となつて來ます。そこに批評家の苦しい矛盾があります。仕事の困難があります。しかし實はその困難そのものがよき魂を仕事に誘惑するかのやうに僕には思はれるのであります。よき魂は、自分の仕事が困難なればなるほど、その仕事に興味を持つものだからであります。

芥川龍之介を論ずるのはそのやうに僕にとつて困難であります。しかし、それと同時に僕は、その故に彼を論ずる事に情熱を持たずにはゐられません。

しかし芥川龍之介を論ずると言つても、彼の作品の價値を論じたり、彼の文學史上の位置を論じたりするのは、當然、より後代の人を俟たなければならないでせう。唯僕が此處に論じたいのは、いかに彼の藝術が僕の中に根を下ろして行つたか、そしてまた、いかに彼の藝術が彼自身をしてあのやうな悲劇的な死に到らしめたか、と云ふ事であります。

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