TRENDIA CLASSIC

初秋の淺間

堀辰雄

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この山麓では、九月はたいへん雲が多い。しかし、夏の近づく頃の雲の不活溌な動きとは異つて、白い、乾燥した、動きのいちじるしい雲の塊りが不連續的に通り過ぎる度毎に、何かがそれらの雲とともに一剥されでもしたかのやうに、そのあとで青空はいよいよ本物の青空に近づいてゆく。――さういふ雲のたたずまひが、とても好い。林のなかの空地などに寢そべつて見てゐると、さういふ雲は絶えず西から東へとときどき日かげを翳らせながら流れてゆく。

さういふ雲のなかから、淺間山もたえず見え隱れしながら、ときどきその全貌をすつきりと爽やかに見せたりする。山肌はいよいよ黄ばみ、夏などもつと多いと思つてゐた煙りが、思ひがけず、殆どあるかないか位にしか立つてゐなかつたりする。――が、さういふ時くらゐ、淺間山が魅惑的に見えることはない。日がぱあつと當つて、それがまだ何物をも温めてゐない、もうかなり肌寒いやうな朝など、起き拔けにふところ手をして山を見に出ると、そんな朝は淺間はきまつて雲ひとつない山肌を冷え冷えと見せてゐる。その山肌一めんに日が赤あかとあたり出すのを眺めてゐると、山自身が見る間に淡い雲を湧き立たせ、ヴェイルのやうに漂はせ、だんだんそれが濃くなつていつて、しばらくする裡に自分自身を半分以上その雲のなかに隱してしまふ。それから終日、そのなかに見え隱れしてゐる。

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