夏の手紙
本文約5,400字 ・ 読了時間 約11分
あらすじ(AIが作成しました)
信濃追分で夏を過ごす作家が、遠方にいる友人へ送った手紙を綴る。友人の詩集への批評や、京都で知った詩人の消息に触れつつ、共に過ごした夏の思い出、レムブラントの画集やモオリアックの小説から着想を得た創作への意欲を語る。さらに、軽井澤の森で見かけた人物との交流や、かつての森の面影を重ね合わせながら、自身の理想とする執筆環境と穏やかな生活への空想を、友人の建築事務所宛てという形を借りて静かに伝えていく。
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七月二十五日、信濃追分にて この前の土曜日にこちらに來るかと思つてゐたが、とうとう來られなかつたね。君のゐる大森の室生さんの留守宅の方へ手紙を出すと、どうも郵便物はみんな輕井澤の別莊の方へ送されてしまふらしいから、君の働いてゐる建築事務所宛にこの手紙を出すことにした。が、どうも輕井澤に建てるヒュッテの設計を頼む手紙ででもあるのならいいが、君に詩集を貰つたお禮を書くんぢやあ、なんだか少し變な氣がするね。
君の詩集(「萱草に寄す」)、なかなか上出來也。かういふものとしては先づ申分があるまい。何はあれ、我々の裡に遠い少年時代を蘇らせてくれるやうな、靜かな田舍暮らしなどで、一夏ぢゆうは十分に愉しめさうな本だ。しかしそれからすぐにまた我々に、その田舍暮らしそのものとともに、忘られてしまふ……そんな空しいやうな美しさのあるところが、かへつて僕などには arrire-got がいい。
まあ、君の詩集のことは今はこの位にして置いて、そのうちゆつくり批評をしよう。ただ一ことだけ言つて置きたい。君は好んで、君をいつも一ぱいにしてゐる云ひ知れぬ悲しみを歌つてゐるが、君にあつて最もいいのは、その云ひ知れぬ悲しみそのものではなくして、寧ろそれ自身としては他愛もないやうなそんな悲しみをも、それこそ大事に大事にしてゐる君の珍らしい心ばへなのだ。さういふ君の純金の心をいつまでも大切にして置きたまへ。