日時計の天使
本文約4,000字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
1906年、ライネル・マリア・リルケはロダン夫妻とシャアトルを訪れる。リルケが妻へ送った手紙には、カテドラアルの威容と、吹き荒れる風の中で芸術について語るロダンの姿が綴られている。ロダンの秘書としてムウドンに滞在し、自身の創作との狭間で焦燥を深めるリルケの姿を背景に、両者の関係が次第に離反へ向かう予兆を描き、芸術家としての矜持や苦悩を考察する。
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一九〇六年一月二十五日、ライネル・マリア・リルケはロダン夫妻と同行して、シャアトルの本寺を見物に行つた。そのシャアトル行の状況は、リルケがその妻クララに宛てて其日のうちにシャアトルで書いたのと、その翌日巴里から出したのと、二通の手紙に彷彿としてゐる。リルケの手紙の中でも特に興味深く思へる故、この手帳に全部書きとめて置くことにする。
クララ リルケに
シャアトルにて。木曜日零時半
……今、私達はシャアトルに居る。先生と、奧さんと、それから私と。――私達は、冬の朝早く、まだ夜の明けぬうちに、新鮮な、眞珠母色の空の下を、出かけて來たのだ。それから私達は、小さな、明るい、フランスの町に着いた。やがて、小さな、ごたごたとした家々の塊りの上方に、あたかも空中に咲いた花のやうな、一つのゴチックの塔と、それからその傍らに、もう一つの、ゴチックの蕾のやうな塔とが、立ち昇つて來るのが認められた。それから私達はそれらすべてを忘れ、見失ひながら、小さな路次をいくつも通り拔けて行つた、すると突然、私達は、私達の眼には見切れぬほど大きなものの、すぐ眞下に出た。そのものの大半は殆ど毀損してゐた。が、ところどころ、その一片々々が眸をひらき、夢み、永遠に向つて微笑みはじめた……折惡しく、とても寒くて、立つては居られぬ位。のみならず、雪さへ落ちてきた……
クララ リルケに
ムウドン・ヴァル・フルウリィ・ヴィラ・デ・ブリランにて。金曜日、早朝。