TRENDIA CLASSIC
小坂部姫
岡本綺堂
1 / 124
双ヶ岡
一
「物申う、案内申う。あるじの御坊おわすか。」
うす物の被衣の上に檜木笠を深くした上ふうの若い女が草ぶかい庵の前にたたずんで、低い優しい声で案内を求めた。南朝の暦応三年も秋ふけて、女の笠の褄をすべる夕日のうすい影が、かれの長い袂にまつわる芒の白い穂を冷たそうに照らしていた。
一度呼んでも、内では答えがなかった。二度、三度、かれは呼びつづけながら竹の戸をほとほとと軽く叩くと、やがて内では眠そうな声がきこえた。
「案内は誰じゃ。」
「これは都の者でござりまする。御庵主に是非にお目にかからいでは叶わぬ用事ばしござりまして……。ここお明け下され。」
内ではうるさそうに黙っているので、女はかさねて声をかけた。
「お暇は取らせませぬ。およそ一、それもかなわずば半でも……。まげて御対面を折り入って頼みまする。御庵主、あるじの御坊……。」
「なんの用か知らぬが、ここは世捨てびとの庵じゃ。女子などのたずねて来るべき宿ではござらぬ。」
あるじはあくまでも情ないのを、外の女は強情に押し返して言った。
「唯今も申した通り、是非にお目にかからねば叶わぬ用事ばしあればこそ、供をも連れずに忍んでまいりました。とにもかくにもここ明けて……。頼みます、頼みまする。」
女に似合わぬ根強さに、内でも少し根負けがしたらしい。勝手にしろといわないばかりに、あくびまじりで答えた。
「それほどの用ばしあらば、その門はとざしてない筈じゃ。勝手にあけて通られい。」
「では、ごめんくだされ。」
岡本綺堂の他の作品
TRENDIA CLASSIC
中国怪奇小説集
岡本綺堂
中国怪奇小説集
岡本綺堂 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
赤い杭
岡本綺堂
赤い杭
岡本綺堂
TRENDIA CLASSIC
赤膏薬
岡本綺堂
赤膏薬
岡本綺堂
TRENDIA CLASSIC
秋の修善寺
岡本綺堂
秋の修善寺
岡本綺堂
TRENDIA CLASSIC
穴
岡本綺堂
穴
岡本綺堂
TRENDIA CLASSIC
麻畑の一夜
岡本綺堂
麻畑の一夜
岡本綺堂
TRENDIA CLASSIC
雨夜の怪談
岡本綺堂
雨夜の怪談
岡本綺堂
TRENDIA CLASSIC
一日一筆
岡本綺堂
一日一筆
岡本綺堂
TRENDIA CLASSIC
磯部の若葉
岡本綺堂
磯部の若葉
岡本綺堂
TRENDIA CLASSIC
池袋の怪
岡本綺堂
池袋の怪
岡本綺堂
TRENDIA CLASSIC
牛
岡本綺堂
牛
岡本綺堂
TRENDIA CLASSIC
異妖編
岡本綺堂
異妖編
岡本綺堂