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TORENDIA

東北の家

本文約10,800字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

昭和十六年の夏、娘のFが暮らす仙台を初めて訪れた著者は、その後も何度か同地へ足を運ぶ。伝統ある「みちのく」の風景や、娘宅の仔猫、松島や塩釜への旅を通じて東北の地を満喫するが、時代が戦時下へと傾斜する中、東京への空襲を報じる掲示に遭遇する。愛着を抱いた仙台の町との別れを予感しつつ、著者はふたたび東京へと戻るまでの情景や折々の感慨を綴る随筆。

片山廣子

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東北に子の住む家を見にくれば白き仔猫が鈴振りゐたり

東京に生れて東京にそだち東京で縁づいたFが、はじめて仙台に住むことになつたのは昭和十六年の夏であつた。Fの夫が商工省から仙台の鉱山局に転じて行つたのである。そとに出ることをひどく面倒がる私も、私としては気がるによばれて仙台の家にいく度か泊りに行つた。十六年と十七年の二度の秋、それから十八年の春と、そのたびに十日位づつは泊つてゐたから、つまり三十日間なじみの仙台である。わかい時からまるで旅行の味を知らずに、鎌倉と軽井沢に子供たちの夏休みの七月八月を過すだけで、ある時何かの拍子に東海道は興津ぐらゐまで行つたといふ珍らしい引込み思案の私がはるばる仙台まで出かけて行つたのは、先きが自分の娘の家であるだけでなく、若い時分から歌の方で万葉でも古今でもむやみと読みなれた「みちのく」といふ名にあこがれてゐたからであらう。まことに、「みちの奥」であつた。「冬はさむいのよ」とFが言つたけれど、私はその寒い冬を知らない、ただ好い季節だけの旅びとであつたから。

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