TRENDIA CLASSIC

池を掘る

片山廣子

1 / 4

その頃、防空壕は各戸に一つか二つ位づつ掘られてゐたが、防火貯水池もだんだん必要となつて来たので、至急に用意をするやうその筋の命令が出た。山王一丁目二丁目新井宿一丁目から七丁目まで一町ごとに一つの貯水池はぜひ必要で、神社の境内か町内の空地にそれぞれ掘る支度をしたのだが、さて新井宿三丁目は郵便局や銀行もあり一ばん賑やかな通りで空地は一つもなかつた。神社は熊野神社を祭つてあるが、これは高い石段をのぼつて松や杉の茂つた上の方まで行くのだから、むろん貯水池なんぞ掘れない。町会の人たちは大いに考へて、一ばん住む人のすくない一ばん庭のひろい一軒の住宅に目ぼしをつけたのが、不幸なことにそこは私の家であつた。

片山廣子の他の作品