TRENDIA CLASSIC

買食ひ

片山廣子

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むかし私がまだむすめ時代には、家々の奥さんたちが近所の若い主婦やおよめさんの悪口をいふとき、あの人は買食ひが好きですつてね、毎日のやうに買食ひをしてゐるんですつて! といふやうなことを言つて、それが女性の最大の悪徳のやうであつた。それが美徳でないことは確かであるが、それでは買はないであまい物は何が食べられたかといふと、到来物の羊かんの古くかたくなつたのとか、それも毎日あるわけではなく、うちで仏さまに供へるおはぎでもつくるか、これはお彼岸と御命日だけにきまつてゐるし、小さい子供たちは昔も今と同じやうに飴玉でもしやぶらされてゐたのだらうから例外だけれど、けつきよく、買食ひをしなければ甘いものは口にはいらなかつた。時たまお菓子を買つて家じうそろつてお茶を飲むとか、隣家のをばさんをお茶に呼ぶとか、さういふのは買食ひの部ではなく、これはパァティみたいなもので、いともかんたんな宴会なのだから、決して買食ひではなかつた。若い主婦が甘い物を買つて、一人あるひは二人さし向ひで食べれば、買食ひをすると見られてゐたのらしい。昔の人は、女性が自分の口にだけ入れるためお金を使ふといふのは非常にだらしがなく無駄づかひのやうに思つてゐたのだが、その後世の中がだんだん忙しく変つて、女のひとがデパートに買物に行つて一人で食堂にはいりおしるこやおすしを食べても、それは買食ひとは思はなくなつた。但し昔から東京人が物見遊山やおまゐりに出かければ、帰りにはきつと何処かに寄つておそばかうなぎを食べ、なるべくけんやくしても、くづ餅やおだんご位はたべたのだから、デパートの食堂に入ることも昔のおまゐりと少しはつながりがあつたのかもしれない。大正時代からは中年の女でも一人で銀座のコーヒを飲んで差支へないやうになつた。

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