今戸狐
本文約570字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
沢村宗十郎の門弟である男が、夏の夜に馬道を急ぐ途中で今戸橋に差し掛かる。四辺は一面の出水に見舞われ、濁流が押し寄せる中で男は折詰を口に銜え、四つん這いになって必死に橋を渡りきる。向こう岸で白い着物の男に見守られながらようやく到着した男が背後を振り返ると、道は乾いており橋にも異常はない。手に持っていたはずの折詰も中身が消え失せ、不思議な体験をした男が周囲から笑われる様子を描く。
💰 この本を応援する(投げ銭)
これは狐か狸だろう、矢張、俳優だが、数年以前のこと、今の沢村宗十郎氏の門弟で某という男が、或夏の晩他所からの帰りが大分遅くなったので、折詰を片手にしながら、てくてく馬道の通りを急いでやって来て、さて聖天下の今戸橋のところまで来ると、四辺は一面の出水で、最早如何することも出来ない、車屋と思ったが、あたりには、人の影もない、橋の上も一尺ばかり水が出て、濁水がゴーゴーという音を立てて、隅田川の方へ流込んでいる、致方がないので、衣服の裾を、思うさま絡上げて、何しろこの急流故、流されては一大事と、犬の様に四這になって、折詰は口に銜えながら無我夢中、一生懸命になって、「危険危険」と自分で叫びながら、漸く、向うの橋詰までくると、其処に白い着物を着た男が、一人立っていて盛に笑っているのだ、おかしな奴だと思って不図見ると、交番所の前に立っていた巡査だ、巡査は笑いながら「一体今何をしていたのか」と訊くから、何しろこんな、出水で到底渡れないから、こうして来たのだといいながら、ふと後を振返って見ると、出水どころか、道もからからに乾いて、橋の上も、平時と少しも変りがない、おやッ、こいつは一番やられたわいと、手にした折詰を見ると、こは如何に、底は何時しかとれて、内はからんからん、遂に大笑いをして、それからまた師匠の家へ帰っても、盛に皆から笑われたとの事だ。
完