話の屑籠
本文約5,200字 ・ 読了時間 約11分
あらすじ(AIが作成しました)
古めかしい葛籠に納められた無益な反故が故人の生活を反映するように、街路に散らばる何気ない小話の屑は現代人の心理や性格を映し出す。本書は、こうした日常の些細な言動や冗談といった「話の屑」を拾い集め、人間の深淵や個性を浮き彫りにする。無秩序に堆積する断片的なエピソードから、心理の機敏や性格の機微を読み解き、それらを文学的想像力によって作品の素材へと昇華させる過程の重要性や面白さを、具体的な小話を交えながら綴る随筆。
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田舎の旧家には、往々、納戸の隅あたりに、古めかしい葛籠が、埃のなかに置き忘れられてることがある。中に何がはいってるか分らないままで、誰の好奇心も惹かずに、ただ昔から其処にあったという理由だけで、相変らず其処に在る。それを誰も怪しまない。葛籠自身も怪しまずに、平然と埃に埋もれている。そして或る日、誰かが、偶然に、全く何の理由もなく、その蓋を払って、中を瞥見してみようものなら、ばかばかしくて、その葛籠を取捨てる気にさえならないだろう。中にはいっているのは、何の役にも立たない古証文、手紙の断片、種々の受領書、つまらない日附や品目の覚え書、ぼろぼろの小袖の断片……要するに、全然屑籠の内容にすぎない。
そういう屑物を、一体、誰が、何時、葛籠のなかなどに保存するようなことをしたのか。何かのものぐさの結果か。何かの孝心の現われか。何かの執着の名残か。何かの気まぐれの始末か。この解答は、なかなか見出せるものではない。家屋の中に於ける人間の生活は、不思議なもので、意外なところに意外な淀みを作る。
そしてこういう無益な反故こそ、実は、最もよく故人の生活を反映してるものである。故人が愛玩した什器書画骨董の類や、故人の閲歴事業伝記のたぐいは、云わばその住宅を表から眺めた外観にすぎなくて、内部の生活は、裏口に廻って覗きこみ、茶の間にふみこんでみなければ、容易に分るものではない。その裏口が、茶の間が、反故の堆積のなかに、断片的にではあるが、まざまざと跡を留めている。