列車は夜闇の中をひた走りに走っていた。
私の車室にいた三人の乗客――老紳士と、若い男と、ごく若い女――は、誰も眠らなかった。若い女がときどき若い男に何か話しかけると、男は身振りで答えるばかりで、またひっそりと沈黙におちた。
二時頃に、速力を緩めないで或る小さな駅を素通りした。駅燈がちらと車窓をかすめると、やがて車体が転車台のところでがたがた跳ったものだから、うとうとしかけたばかりの若い女は、その震動と音響で目をさました。
若い男は、手套をはめた指先で窓硝子を拭いて外を覗きこんだが、駅の時計も、ランプも、駅名札ももう闇にかくれていた。
「ジャック、ここは何処なの」
女が慵い声で訊くと、若い男は懐中時計を出してちょっと考えて、
「判然わからんがね、時間からいうと、もう直きにポンターリエだろう」
「否、まだなかなかですよ」と老紳士が口をはさんだ。「まだトンネルも越しませんからな」
若い男はお礼をいった。女は溜息をついて、
「ほんとうに、この汽車は何て長いんでしょうね。わたし些とも眠れないのよ。せめて新聞でも買っておいて下さればよかったのに」
「失礼ですが」
老紳士はそういって、幾枚かの新聞を彼女の方へのべた。
彼女はしとやかにそれを受けて、莞爾した。若い良人はお礼ごころに巻煙草の函を老紳士の方へさしのべて、
「一本いかがですか」
「難有う」
その若い男は三十ぐらいの苦味ばしった細面の好男子で、きりりと引緊った体格に、粋な服装をしていて、眼付はごく柔和で、殊に細君を見るときの眼ざしが優しかった。
細君は夢中になって新聞に読みふけっているらしかった。若い男は辷りおちた膝掛を直してやって、細君の眼が疲れぬように、ランプの蔽いをおろしてから、ちょいと彼女の手を撫でて、
「これでいいだろう」
細君は莞爾した。そこで若い男は老紳士の方へ向きなおって、
「どうも難有うございました。この汽車は長くて、辛いですね。殊に家内は夜汽車に慣れないものですから」
すると老紳士は愛想よく答えた。