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TORENDIA

島原の夢

本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

明治初期、東京・新富町にあった新富座は、当時島原と呼ばれ歌舞伎の夢幻の世界に包まれていた。著者は幼少期、父と姉に連れられこの劇場を訪れる。町全体が芝居の空気で満たされる中、少年は幕間に往来を散歩し、歌舞伎の世界に浸る。そして観客を魅了する『妹脊山婦女庭訓』の舞台を見つめる。今は失われたかつての歌舞伎の世界と、忘れられぬ少年の夢を追憶し、郷愁を綴る作品である。

岡本綺堂

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🎧 島原の夢 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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『戯場訓蒙図彙』や『東都歳事記』や、さてはもろもろの浮世絵にみる江戸の歌舞伎の世界は、たといそれがいかばかり懐かしいものであっても、所詮は遠い昔の夢の夢であって、それに引かれ寄ろうとするにはあまりに縁が遠い。何かの架け橋がなければ渡ってゆかれないような気がする。その架け橋は三十年ほど前から殆ど断えたといってもいい位に、朽ちながら残っていた。それが今度の震災と共に、東京の人と悲しい別離をつげて、かけ橋はまったく断えてしまったらしい。

おなじ東京の名をよぶにも、今後はおそらく旧東京と新東京とに区別されるであろう。しかしその旧東京にもまた二つの時代が劃されていた。それは明治の初年から二十七、八年の日清戦争までと、その後の今年までとで、政治経済の方面から日常生活の風俗習慣にいたるまでが、おのずからに前期と後期とに分たれていた。

明治の初期にはいわゆる文明開化の風が吹きまくって、鉄道が敷かれ、瓦斯灯がひかり、洋服や洋傘やトンビが流行しても、詮ずるにそれは形容ばかりの進化であって、その鉄道にのる人、瓦斯灯に照される人、洋服をきる人、トンビをきる人、その大多数はやはり江戸時代からはみ出して来た人たちである事を記憶しなければならない。わたしは明治になってから初めてこの世の風に吹かれた人間であるが、そういう人たちにはぐくまれ、そういう人たちに教えられて生長した。即ち旧東京の前期の人である。それだけに、遠い江戸歌舞伎の夢を追うにはいささか便りのよい架け橋を渡って来たともいい得られる。しかしその遠いむかしの夢の夢の世界は、単に自分のあこがれを満足させるにとどまって、他人にむかっては語るにも語られない夢幻の境地である。わたしはそれを語るべき詞をしらない。

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