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TORENDIA

平造とお鶴

本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

深川富岡門前の裏長屋で暮らす零落した士族の母おすまと娘お鶴のもとに、かつての若党・村田平造が訪ねてくる。平造の経済的援助で荒物屋を始めた親子は商売を軌道に乗せるが、平造との縁談が進む最中、お鶴が突然の刃傷沙汰に巻き込まれる。平造の身許や勤め先が虚偽であったことが判明し、犯人の正体も謎のまま事件は迷宮入りする。その後、平造が別の女性と共に歩く姿が目撃されるなど、その素性や真相は不穏な影を残したまま人々の噂の中に漂い続ける。

岡本綺堂

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🎧 平造とお鶴 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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N君は語る。

明治四年の冬ごろから深川富岡門前の裏長屋にひとつの問題が起った。それは去年の春から長屋の一軒を借りて、ほとんど居喰い同様に暮らしていた親子の女が、表通りの小さい荒物屋の店をゆずり受けて、自分たちが商売をはじめることになったというのである。

母はおすまといって、四十歳前後である。娘はお鶴といって、十八、九である。その人柄や言葉づかいや、すべての事から想像して、かれらがここらの裏家に住むべく育てられた人たちでないことは誰にも覚られた。

「あれでも士族さんだよ。」と近所の者はささやいていた。

かれらは自分たちの素姓をつつんで洩らさなかったが、この時代にはこういう人びとの姿が到るところに見いだされて、零落した士族――それは誰の胸にも浮かぶことであった。女ふたりが幾ら約しく暮らしていても、居喰いでは長く続こう筈もない。今のうちに早く相当の婿でも取るか、娘の容貌のいいのを幸いに相当の旦那でも見つけるか、なんとかしたらよかろうにと、蔭では余計な気を揉むものがあったが、痩せても枯れても相手が士族さんであるから、うかつなことも言われないという遠慮もあって、周囲の人たちも唯いたずらにかれらの運命を眺めているばかりであった。

それがこの七、八月ごろからだんだん工面が好くなったらしく、母も娘も秋から冬にかけて、新しい袷や綿入れをこしらえたのを、眼のはやい者がたちまち見つけ出して、それからそれへと吹聴した。それだけでも井戸端のうわさを作るには十分の材料であるのに、その親子がさらに表通りへ乗出して、たとい小さい店ながら、荒物屋の商売をはじめるというのであるから、問題がいよいよ大きくなったのも無理はなかった。

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