TRENDIA CLASSIC

かたき討雑感

岡本綺堂

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わが国古来のいわゆる「かたき討」とか、「仇討」とかいうものは、勿論それが復讎を意味するのではあるが、単に復讎の目的を達しただけでは、かたき討とも仇討とも認められない。その手段として我が手ずから相手を殺さなければならない。他人の手をかりて相手をほろぼし、あるいは他の手段を以て相手を破滅させたのでは、完全なるかたき討や仇討とはいわれない。真向正面から相手を屠らずして、他の手段方法によって相手をほろぼすものは寧ろ卑怯として卑められるのである。

これは我が国風でもあり、第一には武士道の感化でもあろうが、それだけに我がかたき討なるものが甚だ単調になるのは已むを得ない。なにしろ復讎の手段がただ一つしかないとなれば、それが単調となり、惹いて平凡浅薄となるのも自然の結果である。我がかたき討に深刻味を欠くのはそれがためであろう。かたき討といえば、どこかで相手をさがし出して、なんでも構わずに叩っ斬ってしまえばいい。ただそれだけのことが眼目では、今日の人間の興味を惹きそうもないように思われるので、わたしは今まで仇討の芝居というものを書いたことがなかった。

この頃、この『歌舞伎』の誌上で拝見すると、木村錦花氏は大いにこのかたき討について研究していられるらしい。どうか在来の単調を破るような新しい題材を発見されることを望むのである。

わが国のかたき討なるものは、いつの代から始まったか判らないらしい。普通は曾我兄弟の仇討を以て記録にあらわれたる始めとしているようであるが、もしかの曾我兄弟を以てかたき討の元祖とするならば、寧ろ工藤祐経を以てその元祖としなければなるまい。工藤は親のかたきを討つつもりで、伊東祐親の父子を射させたのである。祐親を射損じて、せがれの祐安だけを射殺したというのが、そもそも曾我兄弟仇討の発端であるから、十郎五郎の兄弟よりも工藤の方が先手であるという理窟にもなる。

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