飛騨の怪談
本文約98,200字 ・ 読了時間 約197分
あらすじ(AIが作成しました)
越中と飛騨の国境にある山間の駅で、頻繁に鶏や食料、さらには婦女や小児が奪われるという奇妙な事件が続く。里人はこれを山男や山姥と称し恐れるが、帰郷した医師・角川市郎は、土地の古い伝承と山中に隠れ棲む異形の存在との関わりを探る。かつてこの地を統治した武将が捕らえた蒙古兵の逃亡と、その後の山中での変遷、そして岩窟から発見された遺物と骨格から、それらの正体を論じる物語である。
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(一)
綺堂君、足下。
聡明なる読者諸君の中にも、この物語に対して「余り嘘らしい」という批評を下す人があるかも知れぬ。否、足下自身も或は其一人であるかも知れぬ。が、果して嘘らしいか真実らしいかは、終末まで読んで見れば自然に判る。
嘘らしいような不思議の話でも、漸々に理屈を詮じ詰めて行くと、それ相当の根拠のあることを発見するものだ。
勿論、僕は足下に対して、単にこの材料の調書を提供するに過ぎない。之を小説風に潤色して、更に読者の前に提供するのは、即ち足下の役目である。宜しく頼む。
大正元年十一月XY生 * * *
* * *
こんな手紙と原稿とを突然に投げ付けられては、私も少しく面食わざるを得ない。宜しく頼むと云われても、これは余ほどの難物である。例えば、蟹だか蛸だか鮟鱇だか正体の判らぬ魚を眼前へ突き付けて、「さあ、之を旨く食わして呉れ」と云われては、大抵の料理番も聊か逡巡ぐであろう。況んや素人の小生に於てをや。この包丁塩梅甚だ心許ない。
随って実際は真実らしい話も、私の廻らぬ筆に因って、却って嘘らしく聞えるかも知れぬが、それは最初から御詫を申して置いて、扨いよいよ本文に取かかる。これは今から十七八年以前の昔話と御承知あれ。
北国をめぐる旅人が、小百合火の夜燃ゆる神通川を後に、二人輓きの人車に揺られつつ富山の町を出て、竹藪の多い村里に白粉臭い女のさまよう上大久保を過ぎると、下大久保、笹津の寂しい村々の柴焚く烟が車の上に流れて来る。所謂越中平の平野はここに尽きて、岩を噛む神通川の激流を右に視ながら、爪先上りに嶮しい山路を辿って行くと、眉を圧する飛騨の山々は、宛がら行手を遮るように峭り立って、気の弱い旅人を脅かすように見えるであろう。