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TORENDIA

海洋の旅

本文約8,100字 ・ 読了時間 約17分

あらすじ(AIが作成しました)

東京の喧騒や社会的重圧に苦しむ語り手は、心身の健康と静寂を求めて横浜から長崎への船旅に出る。広大な海や異国情緒あふれる長崎の風景に触れ、自由な自然の美しさに深い安らぎを覚える。各地で異国の旅行者たちと交流し、日本の風景の美しさを再認識する一方、東京に戻った際に再び直面する都会の雑踏や殺伐とした生活と、美しい国土との間に生じる深刻な乖離に、語り手は複雑な感慨を抱く。

永井荷風

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Homme libre, toujours tu chriras la mer. Baudelaire. 自由の人よ。君は常に海を愛せん。 ボオドレエル。

一

昨日長崎から帰つた。八月の中旬横浜から上海行の汽船に乗つて、神戸門司を経て長崎に上陸し、更に山を越えて茂木の港に出で、入海を横切つて島原半島に遊んだ後、帰り道は同じく上海より帰航の便船をまつて、同じ海と同じ港を過ぎて横浜に上陸したのである。二週日の間自分は海ばかりを見た。島と岬と岩と船と雲ばかりを見た。今だに強い海洋の香気と色彩とが腸まで浸み渡つてゐるやうな心持がする。

自分はどういふ理由から夏の旅行の目的地を、殊更暑いと云はれた南方の長崎に択んだのか自分ながらも少しくその解釈に苦しむのである。自分は唯広々した大きな景色が見たかつた。自分は出来るだけ遠く自分の住んでゐる世界から離れたやうな心持になりたかつた。人間から遠ざかりたかつた。この目的のためには、汽車で行く内地の山間よりも、船を以て海洋に泛ぶに如くはない。海は実に大きく自由である。自分は東京の市内に於ても、隅田川の渡船に乗つてさへ、岸を離れて水上に泛べば身体の動揺と共に何とも云へぬ快感を覚え、陸地の世界とは全く絶縁してしまつたやうな慰安と寂寞とを感ずる。

この慰安と寂寞を味はんが為めに、自分は目的なく横浜の埠頭を離れて海に漂つたのである。夏の大空に輝く強い日光、奇怪なる雲の峯、洋々たる波浪、悲壮なる帆影、凡て自由にして広大なる此等の海洋的風景は、如何に自分の心を快活にしてくれたであらう。あゝ此の二三年間、自分はあまりに烈しく、社会的並びに芸術的の圧迫に苦悩し過ぎた。人間が誰でも持つて居べき純朴温厚なる本来の感情さへ、自分は日に日に消滅して行くやうな情ない心持がしてゐた。自分は衰弱した身心の健康を、力ある海洋の空気によつて恢復させ、最少し軟かな暖な感情を以て、自分と自分の周囲を顧ることが出来るやうになりたいと思つた。

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