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TORENDIA

誠心院の一夜

本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

誠心院で夜通し語り合う和泉式部と赤染衛門を描く。かつての華やかな恋や世間の非難、激しい感情の渦中にあった過去を振り返りながら、二人は尼となり静かな境地に達した現在の心境を分かち合う。赤染衛門は和泉式部の正直でひたむきな生き方に触れ、その優美な魂を深く理解する。夜が更け赤染衛門が眠りに落ちる中、和泉式部は有明の月を見上げ、過去の苦悩を浄化させ、静かに自身の命と向き合う姿を浮かび上がらせる。

今井邦子

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🎧 誠心院の一夜 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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赤染衞門は先程から不思議なものを見た、と云ふ氣がしてならなかつた。併し其れは決して惡い氣持のものではない。いやむしろ先程から清げに、圓滿に落着くべき處に落着いた惱みの道を全く通り拔けて、女として、人間として、最も落着いた境地に入り得た者の、其の姿を見たと云ふ氣で、ともすれば吾れ知らず惹きつけられて、尼君の短かい髮のあたり、その未だ老に入らない不思議な美しさを思はせる下ぶくれの、顎のあたりへ自分の目がいつてならない。そして其の眼は幾度見直しても誤まらないのを知つた。何處といつて、はつきり指しては云へないが、たゞ全體の匂と云はうか、自からの光と云はうか、其の人から湧き出して來る滋味、その動作が、昔の其の人に決して見られなかつた一種の尊い境地に入り得た人の泰然とした落着きに入り得て一切が据つてゐる。さうした人の前に今は心からの禮讃と嬉し涙が落ちて來るのであつた。

今宵は誠心院に夜通し語り明す事にして來たので、質素にして來た供の者も歸し、ひつそりとした小御堂の中に殊勝に尼君がお上げになつてゐる法華經に耳を傾けつつ、赤染衞門はさながら夢のやうに思つた。和泉式部の華やかであつた時には理解のある赤染衞門自身すらも、淫蕩の女と蔑すんだ此の人の過去の姿を思ひ、現在かうして物寂びた御堂の中に心から誦經してゐる尼君となつた和泉式部を思ひ、人の一生の限り無く擴げられてゆく未來への道を尊く思はせられてゐた。さう云ふ赤染衞門はもう盛りの過ぎた老婦人で、和やかな額の上に分けた髮にも幾筋となく白髮が目に立つてゐた。

誦經がすんだ處で、靜かに座を離れた尼君は赤染衞門に近くにぢりよつて

「本當に夢のやうな心地が致します。山近きこの里に、此の頃明け暮れ聞くものは、鹿の聲ばかり、それにも馴れて、日が昇れば晝と思ひ、月が澄めば夜と思うて、つい月日さへ數へることもなくて、明し暮す事でございますが、かうして御目に掛りますと、何にか一つの頼り處を得たやうな、さすがに生ける身の喜びを感ずる私でございます。」

和泉式部は心からの喜びを述べるやうに云つた。

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