TRENDIA CLASSIC
宝永噴火
岡本かの子
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今の世の中に、こういうことに異様な心響を覚え、飽かずその意識の何物たるかに探り入り、呆然自失のような生涯を送りつつあるのは、私一人であろうか。たぶん私一人であろう。確とそうならば、これは是非書き遺して置き度い。書くことによってせめて、共鳴者を、私のほか一人でも増して置き度い。寂しいが私はこれ以上は望むまい。
こういう序文が附加えられて、一冊の白隠伝の草稿が無理にわたくしの手許に預けられてある。それは隣のS夫人が書いたものだ。
夫人は娘時代に禅をすこしやったということだが、今は夫もあり子もあり、幸福な家庭の主婦と見られている。その上、世間にも社交夫人として華々しく打って出ている。
それは兎に角として、この草稿を「何故、自分の手許に置かれないのですか」と私が訊くと、「手許に置いとくとまた釣り込まれそうなので危くて危くて」という。そう言いながらS夫人は時々来て、頁を繰っている。私はしばらく勝手にさせて置いたが、ふと好奇心が湧いて或る日、その草稿を取上げて見た。なるほど不思議に思われる聖者の伝記だ。以下はそれ。
わたし(S夫人自身のこと)がこの聖者に、憎いほど激しい嫉妬を覚えて、その詮索に附き纏い始めたのは、この自分の部屋で聖者の逸話集を読んだときからだ。その主な章はざっとこうである。
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