人格を認知せざる国民
本文約3,300字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
米国での講演活動を終えて帰国した新渡戸稲造が、道友会にて自らの見聞と所感を語る。著者は米国社会との比較を通じて、日本社会が肩書きや外見といった付随的な要素で人を判断し、個々の人格を尊重する交際が欠如している現状を指摘する。形式的な忠君愛国教育への批判と共に、相手の立場に関わらず誠実に向き合う重要性を説き、人道的な教育の必要性を論じる講演記録である。
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一
道友会へ出席するのは、今夕で二回目ですが会員になることを許されたのを、私も有難い事と常に感謝している。道友会は心の善いものを集めて一所に話をしようという趣意で起ったものと承知している、今も出かけに、家内がドコへ行くと聞くから、道友会へ行くと答え、道友会とは何んだというから、心の善いものの会じゃと答えたら、ソウか、お前も心の善い人の中かと笑う、私も笑うて出て来たような次第です。
殊に今夕のように、皆様がお揃で私を歓迎して下さるのは、私にとりては実に有難い。かく申ても、私の心情をお話しないと、有難いというのが、ただ表向の挨拶のように聞こえましょうが……。
御承知の通り、日米の関係が四、五年来妙になっておる。ソコで講師の交換でもすれば、幾分か両者間の誤解を釈く一助にもなろうかと考えるものがあるに至った。最初この事をいい出したのは米国側で、ある米人からある富豪が出資して、米国から第一流の人物、例えばルウズベルトの如き人物を送るから、日本からこれと交換に第一流の人物、例えば東郷大将の如きを送ってくれるかどうかと、掛合うて来た。この掛合に接して、日本の政府は、話があまり大き過ぎるから、実行が六つかしいと考え、かつは真面目な計画であるかドウかと疑うて返答をせずにいた。ところが暫らく立てから、同じ人から、貴国からの返事が遅いものだから、先きに出資を申出た富豪がモウ出資を見合せるといい出した、右の次第だから御返事には及ばぬといって来た。ソコで日本政府も、始めて真面目の計画であったことを承知し、ソレではと盛り返した。始めに第一流の人物を交換したのでは後が六ずかしい、始めは二流、三流、もしくば四流で交換してはドウかと返事を出した。先方もこれに同意をして、ソレでは最初はヨイ加減のものをということで、私が第一に行くことになったのでした。