いがみの権太
本文約13,300字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
大和国下市村のいがみの権太は、義経千本桜に登場する悪棍である。物語は、親子の情愛を抱えながらも賭事や隠し女に溺れる前半、善心に復りつつも悪棍を装う中盤、そして善心に立ち返り苦難に立ち向かう後半の三段階で構成される。本作は、この人物の性質や行動を通じて、因果応報の理を説く。歌舞伎俳優の系譜において重要な役割を担うこの役柄の科白や演技、観客を惹きつける見せ場を、評論と記述の形式で描き出す。
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いがみの権太は「義経千本桜」三段目、木の実と鮨屋とにて、局部の主人公と看做すべきものなり。作者出雲、松洛、千柳等はこの権太によりて大物の浦、芳野山の様なる大時代の中に、一の世話場を現ぜしめたり。権太の性質はおよそ三段に分る。木の実と鮨屋の上三分一即ち弥左衛門の出までとの権太は純粋なる悪棍なれど、なほ親子の情愛を解せるものとし、鮨屋の中三分一即ち二度目の出より弥左衛門に突込まるるまでの権太は已に善心に復りたれど、なほ悪棍を装ふものとし、鮨屋の後三分一即ち弥左衛門に突込まれてよりの権太は善心に復りしことを自白せるものとしたるなり。権太の悪棍となりしは隠し女に嵌り、親には勘当せられ、賭事に掛りしためなれば、この道行は尤なれど、善心に復りしを維盛の大事を聞きたるためとしながら、その前に騙りし金を「維盛様御夫婦の路用にせんと盗んだ金」といふは、太だ矛盾せり。権太の苦心の水泡となりしは、作者の懐ける因果応報主義を発表せしものにて「思へばこれまで衒つたも、後は命を衒らるゝ種と知らざる浅間しや」といへる一句はいはゆる狂言の山なるべし。この権太は大和国下市村の男なるに、芝居にて江戸風の大いなせにすることにつきては、已に前人も不審を懐きし所なるが、は深く咎むべきにも非ざるべし。とにかく五代目幸四郎の今の権太の粉本を作り、三代目菊五郎のこれを潤飾し、今の菊五郎のこれを相承したるは、何人も認めざること能はざる所ならむ。宜なるかな、この頃明治座にての興行に、またかともいはず人波うちての大景気を見ること。今左に菊五郎が権太の科白を細叙して、世の好劇家に示さんとす。