かき
本文約4,300字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
空腹で意識が朦朧とする八歳の少年と、職を求めて彷徨う父は、モスクワの往来で飢えに苦しむ。通りがかった飲食店の看板にあった「かき」という言葉が、少年の想像力を刺激する。空想上の異様な生き物への恐怖と激しい食欲に駆られた少年は、見知らぬ紳士たちに物乞いをし、飲食店へ連れ込まれる。未知の食材を貪り食った後の高熱にうなされる少年と、施しを乞う機会を逸したことを悔やむ父の姿を通して、極限状態の困窮を描く。
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小雨もよいの、ある秋の夕暮れだった。(ぼくは、あのときのことをはっきりおぼえている。)
ぼくは、父につれられて、人の行き来のはげしい、モスクワの、とある大通りにたたずんでいるうちに、なんだかだんだん妙に、気分がわるくなってきた。べつにどこも痛まないくせに、へんに足ががくがくして、言葉がのどもとにつかえ、頭がぐったり横にかたむく。……このぶんだと、今にもぶったおれて、気をうしなってしまいそうなのだ。
このまま入院さわぎにでもなったとしたら、きっと病院の先生たちは、ぼくのかけ札に、≪腹ぺこ≫という病気の名を書き入れたにちがいない。――もっともこれは、お医者さんの教科書にはのっていない病気なのだけれど。
歩道の上には、ぼくと並んで父が立っている。父は着古した夏外套をはおって、白っぽい綿がはみだした毛の帽子をかぶっている。足には、だぶだぶな重いオーバーシューズをはいている。父は、もともと、見えぼうな性分だから、素足の上にじかにオーバーシューズをはいているのをよその人に見られるのが気になるらしく、古い皮きゃはんをすねの上までぐっと引っぱりあげた。
ぼくは、父のしゃれた夏外套がぼろぼろになって、よごれればよごれるほど、よけい父が好きになる。かわいそうな父は、今からちょうど五ヵ月まえ、都へ出てきて書記の口をさがしていた。それからのまる五ヵ月、父は市内をてくてく歩いて、仕事をたのんでまわった。そしてきょう――いよいよ、往来に立って人さまにものごいをする決心をしたのだ。
ぼくたちふたりが立っているま向かいに、≪飲食店≫という青い看板をかけた三階建ての家がある。ぼくは、頭がぐったりうしろ横へそりかえっているものだから、いやでもおうでも、その飲食店のあかあかと明かりのともった窓々を見あげないわけにはいかない。その窓々にはおおぜいの人影がちらちらしている。オルガンの右がわも見える。油絵が二まい、それから、つりランプもたくさん見える。