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TORENDIA

頸の上のアンナ

本文約14,600字 ・ 読了時間 約30分

あらすじ(AIが作成しました)

貧困から脱却するために十八歳の少女アーニャは、五十二歳の官吏モデスト・アレクセーイチと結婚する。新生活は経済的な余裕をもたらしたが、夫の抑圧的な態度や老いた父親たちの困窮を前に、彼女は次第に苦悩を深める。やがて社交界での華やかな生活を知った彼女は、自信をつけ、夫を意のままに操るようになる。一変した生活を送る妻と、権威にすがる夫、そして荒廃していく父親の姿を対比させ、皮肉な人間模様を描く。

アントン・チェーホフ Anton Chekhov

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一

結婚式のあとではちょっとした茶菓さえ出なかった。新夫婦はシャンパンの盃を挙げて、それから直ぐ旅行服に着替えると停車場へ乗りつけた。陽気な結婚舞踏会や晩餐や、音楽や舞踊の代りに、彼等は五十里も隔たった修道院に参詣に出掛けるのであった。多くの人々はこの企てに賛意を表していた。モデスト・アレクセーイチは既に官職も高いし年齢も相当進んだ方だから、騒々しい婚礼などは全く似合わしくないだろう、と言うのである。全く、五十二歳にもなる立派な官吏が、やっと十八になったばかりの少女と結婚したのだから、音楽を聴いたってただ退屈なだけであろう。また、モデスト・アレクセーイチはなかなか信条のはっきりした人だから、結婚生活にあっても先ず宗教と道徳を第一に据えるという自分の気持を、小さな花嫁に会得させる目的で、この修道院行きを選んだのであろうと、言う人もあった。

停車場には見送人がつめかけて来た。同僚たちや親戚の人々が手に手にシャンパンの盃を持ち、汽車が動き出して「ウラア」を叫ぶ時を遅しと待ちかまえていた。シルク・ハットと教授服に身をかためた花嫁の父親ピョートル・レオンチイッチは、もう酔いが廻りすぎて蒼い顔になっていたが、やはり手にシャンパンの盃を持ったまま絶えず車窓を覗き込んで懇願するような声で言うのであった。

「アニュータ! アーニャ! もうひと言だけだよ、アーニャ!」

アーニャが車窓から顔を乗り出すと、彼は葡萄酒の匂いをぷんぷんさせながら娘の耳に何やら囁き込むのであった。何を言っているのかひと言も解らなかったが、とにかく娘の顔や胸や手の上に十字を切って、息をはずませ眼を潤ませるのであった。すると、アーニャの弟で二人ともまだ中学生のペーチャとアンドリューシャとは、父親の服を握って後ろへ引き戻しながら、当惑そうに囁いた。

「お父さん、もういいですよ。……お父さん、駄目ですったら。……」

汽車が動き出すとアーニャには、自分の父親が手のなかの酒を揺り滾しながら、いかにも人の善い残念そうな、そしてすまなそうな顔をして暫く追いかけて来るのが見えた。

「ウラア、ア、ア」と父親は叫んだ。

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