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TORENDIA

雀の卵

本文約41,200字 ・ 読了時間 約83分

あらすじ(AIが作成しました)

大正十年七月、歌集「雀の卵」の最終訂正を終えた詩人は、苦難に満ちた創作の日々を振り返る。本書は、大正三年から約八年間にわたる詩人の生活や葛飾での閑寂な日々、そして貧困と闘いながら一首一首に命を懸けて磨き上げた歌の軌跡を収める。推敲を重ね、家族や周囲との葛藤を経てもなお妥協せず、芸術への情熱を注ぎ続けた過程を綴る歌集である。

北原白秋

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大序

一

「雀の卵」が完成した。いよいよ完成した。と、思ふと思はず深い溜息がつかれた。ほつとしたのである。

今、四校目の訂正をして、やつと済ましたところである。窓から見てゐると裏の小竹林には鮮緑色の日光が光りそよいでゐる。丘の松には蝉が鳴いて、あたりの草むらにも草蝉が鳴きしきつてゐる。南のバルコンに出て見ると、海がいい藍色をしてゐる。寺内の栗やかやの木や孟宗の涼しい風の上を燕が飛び翔つてゐる。雀も庭の枇杷の木の上で何かしてゐる。瀬の音もするやうだが、向ふの松風の下から浮々した笛や太鼓の囃子がきこえる。今日は盂蘭盆の十四日である。

長い苦しみであつた。かう思ふとまた、目の中が火のやうに熱くなつた。

「雀の卵」此の一巻こそ私の命がけのものであつた。この仕事を仕上げるばかりに、私はあらゆる苦難と闘つて来た。貧窮の極、餓死を目前に控へて、幾度か堪へて、たうとう堪へとほしたのも、みんなこれらの歌の為めばかりであつた。だからたとへ拙くともこれらの一首一首にはみんな私の首が懸つてゐる。首の坐に直つて歌つたものばかりだ。

そしてたうとう今日が来た。

此のこれらの歌は大正三年からぽつぽつ作り出して、足かけ八年目の今月今日、大正十年七月十四日午後三時にたうとう最後の朱を入れて了つたのである。

私の前に今冷たい紅茶が運ばれて来た。私はぐつとそれを一息に飲み干して了つた。

蝉の声がする。涼しい海の風が吹きぬけてゆく。私は生きかへつた。

二

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