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TORENDIA

容貌

本文約700字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

自身の顔が大きくなったと感じる筆者が、美男子の定義や濱口雄幸を例に挙げながら、大きな顔を持つ者の生き方について考察を綴る。新宿の店で他者から容姿や振る舞いを激しく批判された経験を引き合いに出し、傲慢と誤解されやすい容貌への不安や、理想とする人格的な修養のあり方、さらには鼻の赤みへの懸念など、自身の容姿を巡る複雑な心境をユーモラスかつ自嘲的な筆致で描き出す。

太宰治

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🎧 容貌 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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私の顏は、このごろまた、ひとまはり大きくなつたやうである。もとから、小さい顏ではなかつたが、このごろまた、ひとまはり大きくなつた。美男子といふものは、顏が小さくきちんとまとまつてゐるものである。顏の非常に大きい美男子といふのは、あまり實例が無いやうに思はれる。想像する事も、むづかしい。顏の大きい人は、すべてを素直にあきらめて、「立派」あるひは「莊嚴」あるひは「盛觀」といふ事を心掛けるより他に仕樣がないやうである。濱口雄幸氏は、非常に顏の大きい人であつた。やはり美男子ではなかつた。けれども、盛觀であつた。莊嚴でさへあつた。容貌に就いては、ひそかに修養した事もあつたであらうと思はれる。私も、かうなれば、濱口氏になるやうに修養するより他は無いと思つてゐる。

顏が大きくなると、よつぽど氣をつけなければ、人に傲慢と誤解される。大きいつらをしやがつて、いつたい、なんだと思つてゐるんだ等と、不慮の攻撃を受ける事もあるものである。先日、私は新宿の或る店へはひつて、ひとりでビイルを飮んでゐたら、女の子が呼びもしないのに傍へ寄つて來て、「あんたは、屋根裏の哲人みたいだね。ばかに偉さうにしてゐるが、女には、もてませんね。きざに、藝術家氣取りをしたつて、だめだよ。夢を捨てる事だね。歌はざる詩人かね。よう! ようだ! あんたは偉いよ。こんなところへ來るにはね、まづ齒醫者にひとつき通つてから、おいでなさいだ。」と、ひどい事を言つた。私の齒は、ぼろぼろに缺けてゐるのである。私は返事に窮して、お勘定をたのんだ。さすがに、それから五、六日、外出したくなかつた。靜かに家で讀書した。

鼻が赤くならなければいいが、とも思つてゐる。

完

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