サラダの謎
本文約2,800字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
ロンドン留学中に下宿先のフランス人夫人が作った、格別の風味を持つサラダを綴る。帰国後、北海道で同様の味を再現しようと試みるが、味の決め手である「石鹸のようなもの」を擦り付けたパン切れの正体が分からず、三十年間悩まされる。ある日、欧州から帰国した娘の助言により、それがニンニクであったと判明する。実験物理学者が自身の長年の疑問を解き明かし、日常の食卓における些細な発見と充足感を軽妙に描く。
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私はごく普通のフランス風のサラダが好きである。レタスとトマトを、酢とオリーブ油でドレスしただけの簡単なサラダのことである。洋食は、一般にいってあまり好かないが、このサラダだけは例外で、食卓に出ていると、つい先に手が出る。
ものの好き嫌いなどというものは、たいてい子供の頃か、せいぜい二十代までの生活環境できまるものらしい。私がこのサラダを好きになったのは、若い頃、もう三十年も昔のことであるが、ロンドンに留学していた頃に、下宿で毎晩非常にうまいサラダを食わされたのが、今日まで後をひいているようである。
大学を出て、三年間理研で、寺田寅彦先生の助手をつとめていたが、北海道大学に理学部が出来ることになって、急に文部省の留学生として、ロンドンへ留学することになった。
ロンドン人は、人づき合いが悪く、世界で一番英語の通じないところは、ロンドンだといわれている。そこへまだ三十前の、しかも日本でも田舎育ちの若い者が、突如として放り出されたのであるから、ずいぶん心細い思いをした。しかし幸いなことに、非常に運がよくて、思いがけなくよい下宿にめぐり合い、それですっかり落ちつくことができた。
家はロンドン郊外の住宅地にあって、主人はオーチス・エレベーター会社の技師長であった。そんな家は一般にいって、東洋人などは家に入れてくれないのであるが、そこの夫人がフランス人であった。そして日本に好意をもっていたようで、親身になって世話をしてくれた。
その夫人が、料理自慢の人であって、毎晩たいへんな御馳走をつくってくれた。英国のことであるから、先祖代々伝わったオークの立派な食卓で、毎晩家族一同が、きちんと着物を着かえて、晩餐の卓につく。今から考えてみれば、英国人へ嫁したフランス婦人の気持が、その蔭にあったのかもしれないが、当時はそんなことがわかるはずもなく、毎晩たいへんな御馳走でびっくりしていた。